ヨトゥンと名付けられた機体は第六世代の自立兵器型ドライバだった。自立も自律も、やっぱり私が一番乗りね。そんな少女の元に集まった原初の機体に煌びやかな装飾が施された機体、そして長き眠りから覚めた六体の機体だった。彼らは結局、失敗だったよ。敗れ去ったナンバーズ達。そろそろ、君たちの出番だから。
着々と準備を進めていた少女の元に届いた知らせ、それは天才である彼女にとっても、予期せぬ出来事だった。教団員を撃退した偽物の機体、修理を施した天才少女の名前、その全てが彼女をわくわくさせた。水機兵ヨトゥンに下された最初の指令、それは聖暦の天才の殲滅。天才はね、何人も存在したらいけないんだ。
自分が人間なのか、それとも機械なのか、既にイージスには判断がつかなかった。彼女にとって種族など第三者が差別する為に設けた記号でしかなく、彼女にとって大切なことは、まだ戦える、たったそれだけのことだった。戦い続けさえすれば、きっと守ることが出来る。彼女にはそこまでして、守りたいものがあった。
最期まで戦い抜いた彼女に与えられた六聖人の肩書き、風聖人イージスがそれを受け入れたのには理由があった。戦いの果てに失った君主、そしてその君主の名を未来永劫忘れられぬようにと願ったからだった。そして、その血筋に迫る脅威。貴方様の血を、汚させるわけにはいかない。彼女は誰の盾になるのだろうか。
天才は天才であるが故に、天才などは存在しないと定義した。それは絶対など絶対に存在しない時点で、絶対が存在しているパラドックスと同義であった。この言葉に意味はあるのか、ないのか。その答えのひとつが霜の巨兵を産みだしたのだった。
あなたは取引材料だから。はだけた衣服、繋がれた手錠、それでも堕風才を睨み付けたのは永久竜。光届かない教団の地下牢、評議会を抜け、教団に身をおいたラプラスは少し退屈そうにしていた。哀れね、あんな裏切りの道化竜の為にここまでするなんて。鋭さを増した睨む眼光。もうすぐね、世界に完全が訪れるのよ。
魔物でありながら天界にその身を置いたカルネアデスは聖光才として受け入れられていた。だが、それはごく一部の間でだけ。彼女は、敵だ。歪な平和が崩れた天界に蔓延る無数の雑言。そして彼女を傍に置くと決めた光妖精王に突きつけられたひとつの報告書。彼女は、眠りから醒めた一人の男と繋がっていたのだった。
天候術を学んでいた彼女が手に入れたのは精杖型ドライバ【サニィ】だった。精霊議会直結の精霊士官学校では入学と共に名は消え、そして卒業と共に新しい名前が与えられる。それは妖精としてではなく、一人の兵という役割で生きることを意味していた。そう、平和であった天界にも、このような組織は存在していた。
晴術師サニィに手渡された写真は炎の魔将。私に似ている気がする。その晩彼女は眠れなかった。もし、同じ世界に生まれたら。もし、違う出会い方をしていたら。抗うことの出来ない運命、それは仕官した時に全て受け入れたはずだった。でも、私、この子と友達になりたい。そんな迷う彼女の元へ、炎の美女は訪れた。
士官学校の卒業と共に彼女に手渡された精杖型ドライバ【レイニィ】と名前。喜ばしい出来事にも関わらず、彼女の心は雨模様。もう、引き返すことは出来ないのね。それは初めからわかっていたこと。どうした、浮かない顔だな。そっと語りかけたのは水の美女。雨はいつか、止むのでしょうか。今もまだ、雨は降る。
精霊会議で報告されたのは人間の為に散った二人の妖精と、人間と共に生きる道を選んだ一人の妖精のことだった。旧知の仲間を三人同時に失った雨術師レイニィの心には更なる雨が降る。人間が、私から彼女達を奪ったのね。現天界の女王、現魔界の女王、全てに人の血が流れていると知った時、彼女は雨を受け入れた。
塗りたくるポマード、細めのコーム、最後の仕上げは温風を。その間1時間59分。今日のオレもイカスぜベイベ。向かう先は精霊仕官学校。跨ったバイシクルはカマハンカスタム。校門を抜けると、卒業式は閉会していた。オーマイガッ。だが、そんな彼へも卒業の証に精杖型ドライバ【ウィンディ】が用意されていた。
オレ、こいつ知ってるぜ。風術師ウィンディはキメ顔の写真に見覚えがあった。それは常界へ社会見学に訪れていた時のこと。あぁ、風が泣いている。そんな呟きが聞こえた。いや、今の風はファンキーだぜ。そんな些細な風議論から始まり、パーマとリーゼントの罵り合いで幕は閉じた。あの時の決着をつけるぜベイベ。
新たな組織を準備しているの。士官学校で教官を務めていたシャイニィにそんな話が持ちかけられた。いつか時代が巡った時、あの子の力になって欲しい。手渡された精霊議会直属天候術部隊【ウェザードリーズ】のロングベスト。受け取って、もらえるかしら。美人の頼みじゃ仕方ねぇ。それはまだ、美精王の時代の話。
精霊会議後に集められたウェザードリーズに説明されたとある計画。だが、それは光妖精王が席を離れた後の話。ちゃんと説明をしてくんねぇか。眩術師シャイニィは苛立っていた。ここから先は、大人の話だから。そう言ってみせた大人は、どう見ても少女だった。水色の前髪の向こう、眼差しは未来を見据えていた。
何列にも並んだ席の一番前、教卓の目の前が指定席となっていた少女がいた。学年一背が低く、体重も軽い小さな少女。だが、存在感は誰よりも大きかった。そして、そんな少女は卒業式で精杖型ドライバ【クラウディ】を手渡された。その時、入学以来初めて開いた口。これでやっと、魔物を葬っても罪に問われないわ。
ウェザードリーズが一同に集まる場であっても、曇術師クラウディが口を開くことは決して多くなかった。必要な時、必要に応じて、必要な言葉だけを発する。それが彼女だった。だが、そんな彼女が豹変したのはとある計画が説明された直後。二人の仲を引き裂いてやるわ。八つ裂きにしてやるわ。魔物は、死ねばいい。
天界の雪降る街出身の彼は、歳の離れた兄妹と無の美少女、捨てられた人間の男のことを良く知っていた。自由奔放に振舞う彼らが少し羨ましかった。だが、決してああなってはいけないと言い聞かせていた。何故なら、自分は妖精なのだから。そして仕官をし、卒業、精杖型ドライバ【スノウィ】を手に入れたのだった。
魔界勢力に対抗するのにウェザードリーズだけでは力が及ばないことは明白だった。そして声がかかった六人の美女。だが、一つ生じた誤算。それは天界から行方を眩ませ、音信不通となっていた無の美女の存在。ほら、やっぱり彼らったら。雪術師スノウィは飽きれていた。いいよ、僕達の邪魔をするのなら、その時は。
久しぶりね。囚われた永久竜の元に顔を出したのはイヴァンだった。いくら信じてもね、王と、その道化に活路は見出せないわ。統合世界に加わり、神界との均衡が崩れた竜界と、その地に生きる者はみな、上位なる存在ではなくなっていた。王の証を失くした竜王じゃ、きっとこの世界を変えることは出来ないわ。
そろそろ時間が来たようね。雷帝竜イヴァンを呼びに来た教団員が伝えたのは、とある鞘が届けられたという知らせ。教祖は象徴でしかなく、それはとても脆い存在よ。そう、王も所詮、象徴でしかないの。込められた皮肉。だが、永久竜が動じることはなかった。私は信じている、彼が持つ、もう一つの意味と可能性を。
ひたすら実験を繰り返していたヨハン。どうしてだろう、どうしたって、世界は終わっちゃうみたいだ。繰り返し導き出されるのは、微かなズレもない、完全な答え。どうしよっかな、どうするのがいいかな。それはとても楽しそうに見えた。あなたには、働いてもらわないと困るのよ。でも僕ね、面倒ごとは嫌いなんだ。
困ったな、どうしよう。水聖人であるヨハンを困らせるほどの問題とは。パンを食べたら、お米が食べられない。でも、お米を食べたら、パンが食べられない。だが暫くして、新しい可能性を見出した。そっか、お米パンを作れば良いんだ。そんな子供じみたやり取りは次種族<セカンド>の命運を握っていたのだった。
もぉ、アイツったら相変らず乱暴にゃん。せっかくこの僕がお手伝いをしてあげているって言うのに。給料も良いはずなんだから、僕に高級な鰹節よこせにゃん。でもアイツ、時折寂しそうにしているにゃん。仕方ないから、ずっと傍にいてやるにゃん。
邂逅を果たした竜と竜。同じ世界で生まれた二人を遮ったのは鉄格子。どちらが外でどちらが内か、それは状況を見れば一目瞭然。だが、果たしてそれは真実だろうか。見方を変えれば、世界は変わる。二人を遮ったのは、固定観念でしかなかった。
あぁ、オレは全て諦めて受け入れちまったんだ。この黒い羽が罪の証なら、神様は随分なもんを背負わせてくれたな。いや、こんなことする神様がいてたまるかっつの。まだこの体が、この意識が、この悲しみがオレであるうちに、どうか、早く。
このままじゃ渇いて死んじまいそうじゃ。どこかにダイナマイトでムチムチな子猫ちゃんはおらんかね。誰かじじいの最期に良い夢を見せてくれないか。もう老い先短いのじゃ。頼む。一生のお願いじゃ。バラ色に染まる夢を見せてくれ。本当に頼む。
戦争だとか、完全だとか、よくわかんね。とりあえず腹が減って仕方ないんだ。今朝だってお茶碗9杯しか食ってねえのに。そういえばあの変なクッションが言ってた卵かけご飯やばい、まじやばい。くそ、もっと早く教えとけよ、あの変なクッション。
捨てられた少女は食べ物が欲しかった。胃を満たせるものなら、何でも良かった。そうだ、キミに永遠の甘い飴を約束しよう。でもね、その代わりに、その命を預けてくれないか。そうして、名前もなかった少女はフェルノとして育てられた。そして、自分が徐々に人ではなくなっていく感覚さえ、愛おしかったのだった。
偽りは炎か竜か。あぁ、私はいつ生まれたのか。徐々に失われる記憶。そして、徐々に失われる人としての肉体。そう、肉体ですらも人間であることを忘れ、竜に成り代わろうとしていた。上出来じゃないか。そんな偽炎竜に拍手を送る男。ようこそ、完全世界へ。そこにいたのは、砂上の楼閣に苦しむ教祖ではなかった。
今日って日も風はファンキーだ。思わずスィング・ア・ソング。オレってば、やっぱり最高にイカすぜ。だがよ、ちょっとご機嫌すぎるのも困ったもんだ。さっきから髪の毛が揺れて仕方ねぇ。暴れ馬なベイビィウィンドも、可愛いもんだぜ、ベイベ。
神が描いた二重螺旋を弄れる者がいたとしたら、それは神以外に存在しないだろう。もし、神でない者が手を加えたとしたら。血の反発、それは混種族<ネクスト>ではなく次種族<セカンド>にのみ訪れる災厄だった。ぶつかり合う血は、止まらない。
ふっ、この風の悲しみに、涙に気付いてあげられるのは俺だけさ。あぁ、頼って良いんだ。俺はどんな時も、お前の傍にいる。悲しい時も、嬉しい時も、共に行こう。その涙も連れ去るから。おいおい、そんな喜ぶなって、この傘、買ったばかりなんだ。
そう、彼女は待っていた。共に立ち向かう人間を。私は、何があっても戦い抜く。そして、日常に帰ってくるんだ。闇魔女王が返したのは厳しい視線。あなたは、友達と戦えるの。覚悟は、出来ている。赤の女王は動き出す。黒の森の軍勢を引き連れて。
空いたティーカップ、注がれることのない紅茶、ざわめく不思議の国の軍勢。溶けたのは角砂糖、残ったのは王位。私はね、早く甘い甘い紅茶を嗜みながら、クッキーをほお張りたいのよ。そんな我侭な敵意は、水も滴るいい女へと向けられたのだった。
それでも彼女は眠かった。深い、深い、眠りから目覚めた女王が歩まんとするのは、深い、深い、茨の道。この争いが終れば、今度こそいっぱい眠れるのね。そう言いながら、眠れる森の軍勢に守られた彼女は、浅い、浅い、眠りに落ちていくのだった。
0から始まった彼女の物語。主役は当然私よね。だが、どうやら彼女は主役ではないらしい。私を差し置いて、あなたが主役だなんて認めないわ。睨みつけた先は闇魔女王。そんな彼女へ返す言葉。いつの時代もね、最後まで生き残った一人が、主役よ。
争いから、何が生まれるのだろうか。紫の女王は避けられない日々を前に、遠き月へと歌を詠む。揺れる世界に昇る月が照らすのは、天か魔か。ようやく思い出したんですね。それは竹林に迷い込んだいつかの二人。幼き日の前魔女王と現魔女王だった。
どういうことかしら、私が怖くて逃げ出したのかしら。攻め込む先の無い白の女王。あなたは私と一緒に来て。そんな彼女に声をかけたのは幻奏者。まったく、趣味が悪いですわよ。それは幻奏者の後ろに立った一人の男に対して向けられた言葉だった。
美宮殿に呼び出された炎の美女。あなたには、きっと彼女の相手をしてもらう。それは魔界の黒い森の赤い女王。私、彼女を知っているわ。そして続く言葉。へぇー、俺もそいつ、良く知ってるぜ。なぜか炎の美女の隣、そこには炎刑者がいたのだった。
花はいつか、散ってしまうものなの。水も滴る絶世の美女は思い出を眺めていた。どうせ散るなら、綺麗にね。その言葉から感じとった不穏な覚悟。これは私からの命令です。絶対に、もう、誰も死んだら駄目です。それじゃあ、何の意味もないから。
風の美女はひとりだった。あの頃は、いつも四人だったのに。同じ世界で生まれたにも関わらず、離れ離れになってしまった彼女の耳に聖戦の話は遠かった。だったら目を覚まさせるのが、あなたの役目じゃないかな。湖妖精はそう優しく声をかけた。
仕事終わりの光妖精王と共に浴槽に浸かる光の美女。あら、また大きくなったんじゃないですか。うーん、どうだろう。だが、そこには大きな膨らみが浮かんでいた。柔らかな弾力、弾かれる水、そう、そこに浮かんでいたのは光の猫のお腹だった。
失恋により家出をした友人は未だ行方不明だった。奴はもう死んでるようなものだからな。そんなことを言いつつも闇の美女は心配だった。最後に友人を目撃した人の話では、隣に仮面の男がいたと言う。間違った事にならなければ良いが。心配は続く。
決して色褪せることのない遠い日の記憶。彼女はそんな思い出の中へと逃げ込んでいた。辛過ぎた現実から逃げ出していた。いつまでも、私の中のあなた達は笑っているのに。そんな無の美女の後ろに立っていた一人の男。逃げるのはここで終わりだよ。
もう一度、やり直したいと思わないかい。それは命以外の全てを失った青年へ囁かれた言葉。キミが望むもの全てをあげよう。その代わり、残されたその命を、預けてもらうよ。藁をも掴む想いで選んだのはシュトロムとしてもう一度生きる道。良いんだよ。それで良いんだよ。そう、全ての敵をね、思う存分憎むんだよ。
ようこそ、いらっしゃいました。教団本部からほど近い屋敷。おい、こんな結末、聞いてないぞ。偽水竜シュトロムは人であったことを忘れようとしていた。キミに結末を選ぶ権利はないんですよ。吐き捨てた言葉。あの子も良く働いてくれました。そう、偶像として、最高の仕事をしてくれました。そろそろ、時間です。
反発する血はやがて飲み込まれてしまう。そう、残るのは一方の血のみ、より強い血のみ。下位なる存在である人間が、上位なる存在の血に飲み込まれるのは当たり前のことだった。それならば、下位なる種族同士が交わった時に、残る血とはいったい。
決戦の日へ向けて鍛練を怠らない炎魔将の元を訪ねたのは赤の女王。共に幼き日を過ごし、そして大人として過ごすこれから。もう、あの日みたいに笑い合うわけにはいかないんだよね。そう言った炎魔将は刃を鞘に収めた。私達の日常を、取り返そう。
さっさと終らせましょう。水魔将は闇魔女王の横に。だったら、あなた達に一つお願いをしてもいいかしら。そして告げられたのは、幻奏者の奏でる幻想。誰でも、一人は寂しいのよ。ぎゅっと握り締めるストール。妹を愛する水魔将は全てを理解した。
どっちが風に相応しいか、決着をつける時が来たか。風魔将は胸を躍らせていた。だが、そんな彼を撫でる風。何故そんな悲しむんだ。読み取ったのは不吉な予感。主役ってのは、絶対に死なない。だがそれは、彼が主役だったらの話でしかなかった。
着なくなって、どれだけ経つんだっけ。立ち寄った懐かしの我が家、クローゼットから引っ張り出した思い出。二人の出会いは入学式、春。そして数多の夏で汗を流し、共に頭を悩ませ続けたのは秋、寒さに負けないようにとはしゃぎあった冬、染み付いていたのはそんな匂い。ミドリはそっと袖を通した。ありがと、ね。
もしも戦場で、彼が敵として目の前に現れたら、僕は彼を殺すことが出来るのだろうか。終らない自問自答。何をそんな浮かない顔してるんだい。隣にはもう一人の幼馴染。もしも僕がためらったその時は、迷わず打ち抜いて下さい。彼じゃなく、僕を。
さっさと終らせましょう。闇魔将は闇魔女王の横に。だったら、あなた達に一つお願いをしてもいいかしら。そして告げられたのは、幻奏者の奏でる幻想。誰でも、一人は寂しいのよ。ぎゅっと握り締めるストール。姉を愛する闇魔将は全てを理解した。
アイツは今、どこで何をしているんだろうな。ふと思い出すのは、何度転んでも立ち上がるかつての愛弟子の姿。いつか一緒に祝い酒を浴びれると思ってたのによ。だがそんな無魔将は嬉しそうだった。もし出会っちまっても、俺は手を抜く気はないぜ。
明日の天気は晴れ、明後日も晴れ、明々後日も晴れ、そんなことを夢見てた。だが、現実は違っていた。明日は曇り、明後日も曇り、明々後日も曇り、それは晴術師の心模様。もやもやから、逃げるわけにはいかないんだね。そして彼女は覚悟を決めた。
人間が全てを惑わす。私達は、私達の世界で生まれ、生き、そして死ぬべきなの。そう、人間は全ての元凶なのよ。その想いを捻じれていると言った者もいた。だが、それは自然なことであると言った者もいた。これは裏切りなんかじゃありませんから。
こんな時に悲しいバラードなんか聴きたくないぜ。風術師が耳元の風を、悲しいと感じるのは珍しいことだった。いやこれはアンセムか、忘れるとこだったぜ、ベイベ。思い出したのはそう、伝説的なミュージシャンはみな、若き最期を迎えていた事実。
眩術師は、湖妖精の考えが信じられなかった。奴の力に頼るということは、一歩間違えれば天界は跡形もなく消えるということだぞ。それでもね、そうする以外に方法はないの。何をそんなに焦っている。そう、珍しく湖妖精に焦りがみえたのだった。
銃に込めるのはそれぞれの想い。打ち抜くのもそれぞれの想い。たった一発、されど一発、その一発に込めた想いがもう一つの想いを打ち抜いた時、残された想いはそのままの想いでいられるのだろうか。それこそが銃へとかけた想いの重さなのである。
ごめんね。さよなら。ありがとう。さよなら。いつか会う日まで。さよなら。別れの度に強くなる想い。人差し指が引き金を引く度に、後戻り出来なくなる想い。かけるのは自己正当という暗示。振り向いてしまった時、その全ては崩れ去ってしまう。
仕事だから。決まりだから。そうやって自分を言い聞かせる。じゃあ、何の為に。悪が存在するのは、正義が存在するから。では、正義が存在しなければ、悪は存在しないのか。だとしたら、正義という存在こそが、悪を生み出すのではないだろうか。
誰にでも愛する人がいる。家族、恋人、友達、それは全ての命に与えられた存在。残された人の気持ちはどうなる。そんなの関係ない。残された人は泣いている。そんなの関係ない。ただ、そう言い聞かせるしかなかった。そう、歩みを止めない為にも。
友達と命を奪い合うことになったら、友達を友達と呼べるのだろうか。炎魔将の教えはこうだった。それは決して友達と呼べない。でも、友達だった過去を消すことは出来ない。君達が消したいのは、友達だった人かな、それとも、友達だった過去かな。
思春期の少年達には夢があった。その夢は人を不幸にする夢だった。だけど、それでも少年達の夢には違いなかった。果たしてそれを夢と呼べるのだろうか。引き金は世界を壊す。壊し続ける。それでも少年達は必死だった。世界の欠片は涙に変わる。
壊れた世界の欠片は涙に変わり、壊した少年達は涙を流すことはなかった。僕達は何も間違っていない。それは片一方の世界の見解。もう一方の世界の見解はどうだろうか。決して少年達を許してはいけない。正しい世界の角度など、存在しないのだ。
罪を負った者は、それを罪だと認識するのに時間が必要だった。何故なら罪というのは裁く存在がいて初めて成立するものだから。では、裁く存在は完璧なのだろうか。答えは違う。だから、僕達が存在しているんだよ。それが少年達の下す判決だった。
罪人は、何をもって罪を償ったと言えるのか。一度でも罪を犯した者は必ずもう一度罪を犯す。それはこの長い歴史が物語っていた。何人が一度も罪を背負わずにいられるのか。罪とは実に曖昧な存在であり、だからこそ処刑する必要があったのだ。
罪人が許しを乞う時、それは許すべき時なのだろうか。水魔将の教えはこうだった。罪を許すというのは、その罪を受け入れ、代わりに背負うということ。あなた達に、その罪を一生背負う覚悟があるのなら、許しなさい。そうでなければ、殺しなさい。
戦場では風の流れを読んだ者こそが勝者となる。そんな言葉が残されていた。一人の英雄は言った。それは弾道だと。一人の悪雄は言った。それは戦況だと。戦場に吹き荒れる数多の風、それは兵の心を揺さぶるのに十分な存在でもあったのだった。
狙うのは頭。それは個の話でもあり、輪の話でもあった。戦場では誰もが兵士という単位でしかなく、命の器でしかない。僅かな銃弾で続く痛みを最小限に抑え、そして犠牲を少なくする為に頭を狙う。それは実に効率的であり、人道的なのであった。
流れる血と汗と涙。彼は必死に戦ったんだよ。そんな慰めの言葉。命をかけ、そして戦場に赴くからには、そこに美学などは存在しない。生きるか、死ぬか、その二択なのだ。何故、敗者を美化する。それは、戦場で散った兵への侮辱にも似ていた。
風は教えてくれる。戦況の全てを教えてくれる。風は知っている。戦況の流れを知っている。だから皆、耳を澄ます。小さな風でも、それはやがて大きな風になる。だから、どんな時でも耳を澄ます。自分が風に消えてしまう、その時まで、ずっと。
戦場で追い風が吹いた時、それは、攻め時なのだろうか。そんなに風は都合よく吹くのだろうか。また、向かい風が吹いた時、それは逃げるべきなのだろうか。逃げる事は、罪ではないのだろうか。風魔将の教えはこうだった。あぁ、風に聞いてくれ。
誰が一番背が高いか、誰が一番勉強出来るか、誰が一番運動出来るか、そんなこと、彼らにとってはどうでもよかった。ただ、たった一人、三人の輪を乱す発言をした。俺が一番モテる。そんな帰れない日を懐かしんでいると、授業の終了の鐘が鳴った。
敗者が存在すれば、当然勝者が存在する。勝者が存在すれば、当然敗者も存在する。表裏一体の勝ちと負け。多くの勝ちが負けを生み、多くの負けが勝ちを生む。そしていつか気付く時が来るだろう。勝者は敗者のおかげで、勝者でいられることに。
今日は負けってことにしといてやるよ。敗者はそう言った。そうやって、今日も逃げるんですね。勝者はそう言った。もう、喧嘩しないの。傍観者はそう言った。これじゃあ、勝っても嬉しくないんです。そう、勝者はいつも勝たされていたのだった。
何故そんな、勝ち負けにこだわる必要があるのでしょうか。それはいつも勝者だからこその言葉。いや、少しだけ違った。いつも勝たされていたからこその言葉。僕は、もしかしたら、負けたかったのかもしれません。そう、彼は負けを知りたかった。
勝負に負けそうでも、試合に勝てそうだとしたら、その時は迷わずに試合に勝ちに行くべきなのでしょうか。光魔将の教えはこうだった。それでも僕なら、試合に勝ちに行きます。勝負に勝つなど、ただの綺麗事です。美学が残すのは、思い出だけです。
命あるもの、いつか死を迎える。生の終着点が死であることに違いない。だったら、さっさとゴールさせてあげましょう。それが射撃練習で教えられたことだった。じゃあ何故、先生はゴールしないんですか。物事には、過程が大切なこともあるんです。
終わりが始まりだとしたら、死は生なのだろうか。確かに始まりなのかもしれない。では、全員が始まりを求めるのか。それは決して違う。それならば、死とは誰もが望むことではない、という結論が導き出される。また一つ、矛盾は解消された。
ふと、暖かさを感じた。それは、幼い頃からずっと一緒にいた暖かさだった。あぁ、これでやっと終われるんだね。述べたのは感謝の言葉。ありがとう、本当にありがとう。そして男は世界を去った。執行完了。それは救いの行為でもあったのだった。
一つの命は終わりを迎えた。だが、それはそうなることを望んでいた命だった。私達にとって、好都合ね。でも、一つだけ私からお願いがある。どうか、散った命を覚えていてあげて。その言葉の真意とは。そうすれば、もう一度殺すことが出来るのよ。
死にたがっている罪人がいたとしたら、それは殺してあげるべきなのでしょうか。闇魔将の教えはこうだった。そうするのが私達の仕事よ。でも、それだと罪から逃げることになるのよ。だからね、生きてもらいましょう。代わりに、社会から殺すのよ。
長い戦いの中、勝負は時に一瞬で決まる。いや、そうではない。勝負が決まる時はいつも一瞬なのだ。勝者の証も、敗者の烙印も、その二択を決するのはいつも一瞬なのだ。その過程に、優勢劣勢があったとしても、最後の結果こそが全てなのだった。
時間は残酷である。かけた時間が長ければ長いほど、その時間を失った時の敗北感は強くなる。だが、時間は平等ではない。だから、可能な限り、一撃で仕留める。少ない時間、少ない弾数で終わらせるのは、相手の為であり、自分の為でもあった。
執行を完了すると、対象は無に帰すことになる。それは一つの命の完全な終わりを意味している。だが、その命には、繋がりが存在している。その繋がりを絶った時に初めて、執行が完了と言えるだろう。姿形を無くした者へも、執行は続くのであった。
最後の仕上げは、時間が代わりにしてくれる。それは風化という、長い歴史の中で避けることの出来ない現象だった。いつか人は忘れられる。その時に、もう一度死ぬという。だが、ふとした時に思い出した時、それは生き返ったことになるのだろうか。
時間が解決してしまったら、それは罪を償ったとは言えないのではないでしょうか。無魔将の教えはこうだった。誰かに忘れられる、誰の心にも残らない、それは存在の否定だ。この世界で誰の心にも留めてもらえない、それ以上の悲しみがあんのかよ。
友達だった存在を消すのか、友達だった過去を消すのか、それは似ているようで、まったく異なる意味だった。先生、どういう意味でしょうか。当然の質問。その答えがわかった時、きっと君達は大切な何かを失う。それでもね、前へ進んで欲しいんだ。
何故、罪を許すことが、代わりに罪を背負うことになるのか。生徒の理解は追いついていなかった。何故、こんな簡単なことがわからない。じゃあ、その罪人を憎んでいた人はどうなる。誰を憎めばいい。憎まれる覚悟はあるのか。そう、罪は連鎖する。
試合に勝つことだけが、全てじゃないと思います。なんて言い出す生徒に先生は現実を突きつけた。いくら記憶に残ったとしても、それは記録には残らない。記憶に、思い出に縋るようじゃ、前に進めない。それは自分に言い聞かせている様でもあった。
先生、死とはいったい何なのでしょうか。死にはね、いくつかの種類があるのよ。命が尽きた時に、死は訪れる。だけど、生かされている者は、それは死んでいるも同然なのよ。だからね、生かしてあげれば良いのよ、そう、残酷に、美しく、その手で。
質問です。先生は、忘れたくても忘れられないことがあるんでしょうか。さぁ、どうだったかな。俺も歳のせいか、物覚えが悪くてな。でもよ、俺が人生の先輩として教えてやるよ。忘れたくないのに、忘れてしまうこと、そういう想いもあるんだよ。
オレもアンタと一緒で、目を覚まさせたい人がいるんだ。アスルが告げた聖王代理の計画。聖戦を止める鍵となる聖王奪還へと向かった炎咎甲士と円卓の仲間。そして水を留めた少年は双子の弟との決着を、新しい隊服に袖を通した少年は帰らない王の為の鞘を、二人はそれぞれの思いで、教団本部へと向かったのだった。
再会を喜ぶ二人、だが時間は待ってはくれない。なんで私を。ゆっくり説明をしている暇はなさそうなの。オリナは風咎棍士の手を引く。臨戦態勢の天界と魔界、頂上に君臨した二人の友達。その裏で暗躍する二人の女と二人の男。そして行方知らずの悪戯神に動き始めた教団。二人が向かった先は、教団本部だった。
聖王代理のすぐ隣にいたのは樹杖型ドライバ【ブリージア】を手にしたマーリン。まだ彼の行方は掴めませんか。少し不安そうな声。大丈夫よ、私達の王は絶対に、死んでも死なないような男だから。それにね、うちの子達もあの頃より頼れるのよ。二人はにやりと笑う。そうでした、彼と、彼が選んだ部下達ですもんね。
僕は僕の出来ることをしなければならない。そして一人、向かった先は天界の外れ。やっぱり、ここにいる気がしたんだ。そこは在りし日の聖王と聖者がよく喧嘩をしていた川沿いの土手。彼女と話をさせてもらうよ。優しい表情のまま発した殺意、仕方なくその場を後にした雪術師。共に行こう、彼に、お帰りを言いに。
勝手についてきちゃ駄目だよ。そう言いながらも優しく頭を撫でる悪戯な神。だが、言葉を発することのないタマの視線は常に一人の男へと向けられていた。君たちは、似たもの同士なのかもしれない。言葉を発しないもう一人の男。彼のことが気になるのかな。なぜ少女が彼を気にかけるのか、全ては思い出の中だった。
狂騒獣タマは、彼らのやりとりをじっと見ていた。悪戯神のすぐ隣で綴り続ける少女、その隣で虚ろな目で空を見つめる堕王、そんな三人を気にせず研究に没頭する堕闇卿。更に四人を気にも止めないのは客人であるはずの神才。まだ、彼らは来ないみたいだね。悪戯神達は待っていたのだった。退屈は好きじゃないんだ。