辿り着いたグリモア教団本部本館。地下から響き渡る歓声。これは、あの日の私の責任だ。ノアの口から語られる神話。竜が神に敗れた時、そこに存在していた例外。だから私は、奴を許すわけにはいかない。そして、ノアは火竜と共に、地下祭壇へと。
だったら、お姫様は私が助けに行くね。それは、いつかの恩返し。だって、あなたの大切な人なんでしょ。それは体を捨てた火竜へと向けられていた。きっとね、あの子はあなたと出会えて、幸せだったと思うんだ。だからこれは、私からの恩返しだよ。
おまたせっと。遅れて現れたのは、少しだけ息の上がったオリナだった。にしても、情けないなぁ。声をかけた先にいたのはライル。だから、まだやれるって。そして、二人は鞘の回収へ。その場に姿を現さなかった、アスルのことを気にかけながら。
姿を現さなかったのは、アスルだけではなかった。無事だといいんだけど。漏れ出した不安。僕なら、無事だから。更に遅れて現れたアオトの服は赤色に染まっていた。そして、そんなアオトに肩を貸す、一人の男の姿があった。紹介するよ、僕の弟だ。
ちゃんと挨拶しなって。だが、目を逸らすアリトン、あえて何も聞かない仲間達。そして、そっと発せられた言葉。僕は、弟でもなければ、西魔王でもない。だから僕はね、僕の戦いの続きを始めるよ。それは、旧教祖が与えた特別な任務の続きだった。
やっぱり、そうだったのね。囚われの身であるカナンは雷帝竜へと問いかける。そうよ、アタシはね、アンタも、竜王も、道化竜も、竜界のみんなが大嫌いなの。もちろん、創られた教祖様もね。そう、雷帝竜が信じていたのは、初めから真教祖だった。
その日、西魔王は二度死んだ。旧西魔王は新西魔王を討ち、そして旧西魔王は、西魔王だった自分を殺した。だから僕は、何者でもない。そして、アリトンは自らの手で、自らの道を選んだ。僕は、死ねないんだ、死んだらいけないんだ。そっと、水面が微笑み返す。僕は、生きて、そして、罪を重ねることで、償うから。
やっぱり、完全世界なんてなかったのよ。そして、オリエンスは左目を抉った。これで、お別れね。それは教団との決別を意味していた。私は不完全な存在になったの。だが、東従者となった彼女の残された右目には光が宿っていた。私の居場所なら、初めからあったのね。残された右目で見つめた一人の少女。けひひ。
私ってば、天才。道化嬢が施した装飾、とある兄弟物語に出てくる鎧を纏ったブリキは完成の白煙を上げた。すぐ隣、眠そうに欠伸を浮かべた道化獣と、何も言わず、ただお茶を注ぐ道化魔。そんな光景を眺めながら、道化犬を抱きかかえた道化竜は楽しそうに微笑んでいた。一つ屋根の下、そこには家族の幸せがあった。
真教祖の討伐、囚われた姫の奪還、奪われた鞘の奪還、それぞれの目的の為、本館に集った者達は再び、散り散りとなった。そして、誰もいなくなった本館へ、北館からの通路を通り現れた人影もまた、自らの目的の為に、動き出していたのだった。
きっとここにも、沢山の想いが集まっているんだね。友達の弟の言葉を頼りに、地下牢への道をひたすらに走るミドリ。だが、そんな彼女の行く手を塞ぐように現れたのは堕風才だった。こうして会うのは、初めてね。でも、初めて会った気がしないよ。
これは、僕の戦いだから。刀を構えたアリトン。だったら、これは僕の戦いでもあるから。傷ついた体で刀を構えたアオト。目的は違えど、想いの交差する蒼き兄弟。そして、そんな二人に切りかかる堕水才と水波神。再び、初恋が始まろうとしていた。
オリナとライルは、鞘が格納されているという地下宝物庫への道を急いでいた。ちゃんと走りなさいって。遠慮しないオリナ。うっせーな。強がるライル。そして、そんな二人が気にしていたのは、鞘だけではなく、行方不明の一人の仲間のことだった。
教団本部地下祭壇へ向かうノアの表情は、いつにもなく硬かった。きっと、これが最後なんだろうな。そして、行く手を阻む二人の水の魔物。ここから先へは、行かせない。だったら、僕が相手をするよ。ノアの背後、教団の裏切り者は姿を現した。
それは恩師の親友であり、かつての仲間の産みの親だったからだった。私はあなたのこと、止めなきゃいけない。構えた棍。だが、堕風才はその道をあっさりと明け渡した。あの子を倒してくれてありがとう。もし、あなたが倒せなかったら、その時は。
だから、僕の戦いなんだ。一人、刀を手に立ち向かうアリトン。やっぱり、君は裏切ったんだね。水波神はその刀を弾いてみせた。裏切ってなどいない、これは僕の信じた教祖様の心からの願いだ。旧教祖が伝えた特別な任務、それは教団の壊滅だった。
君たちが探しているのは、聖なる鞘かな、それともこの少年かな。二人の前に立ちふさがったのは執事竜。そして、目の前に投げ捨てられたアスル。最悪の形で果された再会。絶対許さない。よっぽど殺されたいみたいだな。二人は、怒りを露にした。
それでは、先に進ませてもらおうか。続く地下道、立ちはばかる無数の教団員。まずは、僕の魔法をご覧下さい。オズが鳴らした指先。そこに現れたのは、炎が模した三つ編みの少女と、小さな犬、背の高い案山子と、翼の獅子、古ぼけた機械だった。
誰だって、友達を自分の手にかけたくはない、それは堕風才も同じだった。ウチもあの時、そうしたくなかった、沢山反対したヨ。だが、離れていた時間は長すぎた。今さら、私は誰も信じることは出来ない。だから私は、あの日の自分だけを信じるの。
教祖様は、僕を受け入れてくれた。振るう刀。だけど、もう教祖はいないよ。弾かれる刀。罪を重ね、自分を肯定するしかなかった僕を、受け入れてくれたんだ。荒ぶる心。そして生まれた隙間。襲い掛かる刃。だが、それでもアリトンは守られていた。
たった二人で何が出来るというのだ。執事竜の背後から現れた新南魔王と新東魔王。余裕の笑みを浮かべる三人。悪いけどさ、二人だけじゃねーんだ、出て来いよ。直後笑みは焦りに変わった。なぜ、貴様がここに。派手にいくぜ、レッツ、ハッピー。
六つの炎が切り開く王の道を進むノア。あの日、お前を連れ戻していたら。頭を過ぎる後悔。だが、その後悔は、すぐに温かな炎が燃やし尽くした。もし、そうしていたら、お前は皆と、出会えなかったんだな。六つの炎は、止まることを知らなかった。
堕風才に別れを告げ、辿りついたのは竜界の姫が囚われていた地下牢だった。よくここまで来られたわね。待っていたのは雷帝竜。お姫様を、返してもらいにきたよ。なんで、アンタみたいな人間が肩入れすんのよ。人間とか関係ない、心は一緒なんだ。
水の刃を弾いたのは、アオトの刀だった。君は、悪魔なんかじゃないよ。傷ついた体が抱き起こしたアリトンの体。あの日、僕は逃げた。だけど君は、逃げなかった。悪魔になるべきは、僕だったんだ。アオトは全ての罪を留めようとしていたのだった。
そこには、傷だらけの旧北魔王が重火器を構えていた。あのまま死んでいれば、完全な存在になれたというのに。死ぬのはテメェの方だ。だが、一人加わったところで、オリナ達の劣勢に変わりはなかった。もう一人加わったら、どうなるかな、けひひ。
家族の思い出は炎となり、ノアの進む道を照らし出していた。歩みを止めることのないノアが辿りついたのは、一つの開かれた扉。踏み入れた地下祭壇、その先には真教祖が鎮座していた。久しぶりだね、古の竜王様。そして、出来損ないの道化竜もね。
だが、ミドリに残された体力は限界を迎えようとしていた。なによ、偉そうなこと言ったって、所詮は人間ね。棍を握る力は抜け、立つことに精一杯だった。そろそろ、死んでもらおうかしら。雷帝竜の最後の一撃が轟く。やっぱり、心は一緒なんだ。
そして、そんな二人を前に堕水才の動きは止まっていた。どうしたんだ。水波神の問いに、答えようとしない堕水才。堕水才の瞳に映し出されていたのは、あの日の瞳ではなかった。そう、蒼き兄弟の瞳は、共に濁ることなく、澄み切っていたのだった。
現れた旧東魔王。私はあんたらを助けたいんじゃない、こいつらが許せないだけ。続く攻防戦。君たちはもう、過去なんだ。思い出に消えてくれ。何度倒れようとも、立ち上がり続ける四人。いくら頑張ったって無駄だよ、ここに鞘なんてないんだから。
始まった攻防戦。君は、王に相応しくないよ。だが、ノアは動じなかった。あぁ、知っている。その言葉の込められた意味。僕が、統べる者になる。無数に湧き出る教団員。私は王様失格だからな。古の竜王は、古へと帰る覚悟を決めていたのだった。
最後の一撃を受けとめたのは、古ぼけた機械だった。本日に限り、当園のパレードは出張とさせて頂きます。ウサギのきぐるみは告げる。小さな犬は獣を呼び出し、背の高い案山子は風の刃を、翼の獅子はその鋭い牙を、それぞれの想いを放つのだった。
違う、違う、違う、違う、違う、違う、堕水才の脳裏を埋め尽くす言葉。だが、蒼き兄弟はその隙を見逃しはしなかった。あの日覚えた初恋は、恋する人の手により、終わりを迎えた。それ故に、堕水才の初恋は最高の形で終わりを迎えたのだった。
すでに、鞘は宝物庫から運び出された後だった。そんなことって。動揺するオリナ。君たちが来ることは、初めからわかっていたよ。だったら、なんでオマエらがここで道塞いでんだよ。ライルが突いた核心。この先には、大切な何かがあるんだろう。
私は王でありながら、あるまじき道を選んでしまった。その証拠が寄り添う罪深き道化竜だった。まさか、初めから。焦りを隠せない真教祖が出したのは各教団員への避難勧告。だから、私は古の竜王なんだ。新しい時代は、貴様以外の誰かに任せよう。
みんながね、どうしても行きたいって言うんだ。それは、言葉ではなく、心の声だった。誰かが監視カメラを壊してくれたおかげで助かったよ。牢屋の扉が開かれると共に、響き渡る竜の咆哮。救出された竜界の姫は、少し複雑な表情を浮かべていた。
聞こえてきた竜の咆哮、それは脱出の合図だった。それでも退こうとはしないアリトン。これは、僕の任務だから。だが、そんなアリトンに差し出された兄の掌。一緒に逃げよう、君は彼女の分まで生きなきゃいけない。それだけは、君が留める罪だよ。
その言葉で活気を取り戻したのは旧魔王二人だった。聞こえた竜の咆哮。チビを抱えて逃げろ。オリナ達とすれ違う人影。ここは俺達が食い止める。旧北魔王は銃声を響かせる。だから、あんたが迎えに行きなさい。旧東魔王は人影を見送ったのだった。
グリモア教団本部全域に轟く竜の咆哮。それは炎となり、辺りを紅く包み込む。もうじき、ここも崩れるだろう。その咆哮は、あらかじめ決められていた脱出の合図。私達はもう、今の時代に必要ないんだ。紅く染まる言葉。だから、共に眠るとしよう。
なぜ、お前がここに。それは一筋の光。約束を忘れてしまったのですか。南従者が浮かべる優しい微笑み。なぜだと、聞いているんだ。その微笑みの返事にと、流れたのは大粒の涙。真っ暗な地下宝物庫で果された再会。そしてパイモンは、小さな体をそっと抱き寄せる。ずっと側にいるって、約束したじゃありませんか。
遠く離れた丘の上から、崩れる教団本部を見守るミドリ達。そして、いつの間にか鳴き止んでいた竜の咆哮。そういう、ことなのね。ただ、悲しい瞳で見守る永久竜。見届けてやれよ。ミドリ達のすぐ横には竜神がいた。見届けたら、俺について来い。
崩れ落ちる教団本部を背に、蒼き兄弟は約束を交わした。僕はこれからも、アオトとして生き続ける。それは弟の自由の為に。僕はこれからも、アリトンとして生き続ける。それは罪を償う為に。僕はもう、戻れない。だから行くよ。さよなら、兄さん。
傷だらけの仲間を抱えながら教団本部を脱出したオリナ達は、教団本部が崩れ行く様をただ見つめていた。果たせなかった任務を、悔いてる暇なんてないぜ。その裏側、既に他の隊員達は動き始めていた。夜明けが昇るのは、いったいどっちなんだろう。
鳴り止んだ竜の咆哮、いつまでも燃え盛る炎が照らし出したのは夜明け。この日、グリモア教団本部は全壊した。そして、一夜明けようとも、五夜明けようとも、十夜明けようとも、古竜王ノアと、従えた道化の火竜が竜界の玉座に戻ることはなかった。
みなみまおーは、ずっといっしょにいてくれますか。それは、幼き日に交わした何気ない約束。だが、少女は幾つ歳を重ねようと、その約束を忘れることはなかった。そして、そんな約束を交わした相手もまた、二人の約束を忘れることはなかった。
南館からの侵入者は、再び旧教祖の手を引いた。そこには旧教祖と旧南魔王という関係ではなく、一人の少女と南従者という関係が存在していた。さぁ、ここから抜け出しましょう。そして、この日、旧教祖は本当の意味での外の世界を知ったのだった。
私はもう、教祖ではないのだ。旧教祖は涙ながらに訴える。ええ、存じております。だから私は、南魔王ではなく、南従者なのです。そして、私だけではなく、きっと彼らも同じはずです。二人は崩れ行く教団を眺めながら、かつての三人を待っていた。
教団を後にした旧東魔王の後ろ、ふと姿を現した堕風才。全部知ってたのね。口を閉ざしたままの堕風才。今更、ごめんなさいだなんて聞きたくない。遮られた言葉。私とあなたは、選んだ居場所が違った、それだけの話よ。いつかまた、会いましょう。
兄に別れを告げた旧西魔王は流水獣の待つ浜辺へ。そこで待っていたのは、流水獣だけではなかった。もう一人の待ち人を抱きかかえ、そっと海へ。さよなら。水面に浮かぶ体。最高の現世はまだ終わらないよ。そして、繋いだ手は解かれたのだった。
旧北魔王は左腕に残った傷跡に、もう一筋の傷を足した。これで、お別れだ。そして首輪に手を伸ばし、自らの手でベルトを締めた。これは服従の証なんかじゃない、忠誠の証だ。これから始まる未来、振られた尻尾は、振り止むことを忘れていた。
ほら、見てください。南従者の一声は、旧教祖の視線を誘導するに十分だった。西から男が一人、北から男が一人、東から女が一人、装いを新たにした三人が、再び一つの場所へと集まろうとしていたのだった。そしてほら、もうじき、夜が明けますよ。
魔界に送り届けられた棺。これは、警告と受け取るべきなのかしら。それとも、挑発と受け取るべきなのかしら。その意味を知るのは、その棺の差出人のみだった。それなら私は、好きに解釈させてもらうわ。そして、その行為を解釈したのは魔参謀長ファティマだけではなかった。僕の解釈だと、警発かな。挑告かな。
崩れ落ちた砂上の楼閣を見下ろす旧教祖。そして、再び集った四人の従者は、それぞれの想いで思い出に手を振る。私達は、不完全な世界に生きるんだ。風になびく金色の髪。さぁ、ここからもう一度始めよう。そこには、黄金の夜明けが訪れていた。
ファティマの元に届けられた報告書には、グリモア教団本部の崩壊が記されていた。その報告内容は詳しく、旧教祖、旧魔王の離反、さらには真教祖の目覚めまでもが記されていた。そして、報告書の作成者として水波神の名前が記されていたのだった。