もう一度戦うには、こうする以外に方法はなかったんです。自らの意思で体を捨てた道化竜は、在りし日の姿で古竜王ノアに寄り添っていた。温かいな、まるであの頃が帰ってきたようだ。それは二人だけがわかる、二人だけの思い出。頭に乗せたのは、少し変わった王の証。さぁ、いこう、お前こそが、私のクラウンだ。
あの日、アイツは俺を拾ってくれた。蘇る思い出、いつかの路地裏。いつの間にか、忘れちまってたみたいだ。そしてアマイモンは首輪に手を伸ばした。今も昔も、これからも、俺は飼い犬でいい。剥奪された北魔王の地位、だが、嘆きはしなかった。そう、飼い主だけは、俺が決めるんだ。選んだのは北従者の道だった。
だからって、それはあんまりなんじゃないかな。神才は口を尖らせる。だって、君が見せようとしているのは。そんなことないよ、これは僕からの贈り物さ。そして見上げた空。きっと彼は、大いなる希望を届けてくれる。だから僕が、大いなる――。
これで、僕という存在は完全になった。仕組まれていたのは数々の犠牲。その上に、僕という存在が立つんだよ。そっと呟く独り言。完全世界なんて、存在しない。そして、真教祖の声明が、新たな教団の幕は上げる。さぁ、黄金の夜明けを始めようか。
辿り着いたグリモア教団本部本館。地下から響き渡る歓声。これは、あの日の私の責任だ。ノアの口から語られる神話。竜が神に敗れた時、そこに存在していた例外。だから私は、奴を許すわけにはいかない。そして、ノアは火竜と共に、地下祭壇へと。
だったら、お姫様は私が助けに行くね。それは、いつかの恩返し。だって、あなたの大切な人なんでしょ。それは体を捨てた火竜へと向けられていた。きっとね、あの子はあなたと出会えて、幸せだったと思うんだ。だからこれは、私からの恩返しだよ。
おまたせっと。遅れて現れたのは、少しだけ息の上がったオリナだった。にしても、情けないなぁ。声をかけた先にいたのはライル。だから、まだやれるって。そして、二人は鞘の回収へ。その場に姿を現さなかった、アスルのことを気にかけながら。
姿を現さなかったのは、アスルだけではなかった。無事だといいんだけど。漏れ出した不安。僕なら、無事だから。更に遅れて現れたアオトの服は赤色に染まっていた。そして、そんなアオトに肩を貸す、一人の男の姿があった。紹介するよ、僕の弟だ。
ちゃんと挨拶しなって。だが、目を逸らすアリトン、あえて何も聞かない仲間達。そして、そっと発せられた言葉。僕は、弟でもなければ、西魔王でもない。だから僕はね、僕の戦いの続きを始めるよ。それは、旧教祖が与えた特別な任務の続きだった。
やっぱり、そうだったのね。囚われの身であるカナンは雷帝竜へと問いかける。そうよ、アタシはね、アンタも、竜王も、道化竜も、竜界のみんなが大嫌いなの。もちろん、創られた教祖様もね。そう、雷帝竜が信じていたのは、初めから真教祖だった。
その日、西魔王は二度死んだ。旧西魔王は新西魔王を討ち、そして旧西魔王は、西魔王だった自分を殺した。だから僕は、何者でもない。そして、アリトンは自らの手で、自らの道を選んだ。僕は、死ねないんだ、死んだらいけないんだ。そっと、水面が微笑み返す。僕は、生きて、そして、罪を重ねることで、償うから。
やっぱり、完全世界なんてなかったのよ。そして、オリエンスは左目を抉った。これで、お別れね。それは教団との決別を意味していた。私は不完全な存在になったの。だが、東従者となった彼女の残された右目には光が宿っていた。私の居場所なら、初めからあったのね。残された右目で見つめた一人の少女。けひひ。
私ってば、天才。道化嬢が施した装飾、とある兄弟物語に出てくる鎧を纏ったブリキは完成の白煙を上げた。すぐ隣、眠そうに欠伸を浮かべた道化獣と、何も言わず、ただお茶を注ぐ道化魔。そんな光景を眺めながら、道化犬を抱きかかえた道化竜は楽しそうに微笑んでいた。一つ屋根の下、そこには家族の幸せがあった。
真教祖の討伐、囚われた姫の奪還、奪われた鞘の奪還、それぞれの目的の為、本館に集った者達は再び、散り散りとなった。そして、誰もいなくなった本館へ、北館からの通路を通り現れた人影もまた、自らの目的の為に、動き出していたのだった。
きっとここにも、沢山の想いが集まっているんだね。友達の弟の言葉を頼りに、地下牢への道をひたすらに走るミドリ。だが、そんな彼女の行く手を塞ぐように現れたのは堕風才だった。こうして会うのは、初めてね。でも、初めて会った気がしないよ。
これは、僕の戦いだから。刀を構えたアリトン。だったら、これは僕の戦いでもあるから。傷ついた体で刀を構えたアオト。目的は違えど、想いの交差する蒼き兄弟。そして、そんな二人に切りかかる堕水才と水波神。再び、初恋が始まろうとしていた。
オリナとライルは、鞘が格納されているという地下宝物庫への道を急いでいた。ちゃんと走りなさいって。遠慮しないオリナ。うっせーな。強がるライル。そして、そんな二人が気にしていたのは、鞘だけではなく、行方不明の一人の仲間のことだった。
教団本部地下祭壇へ向かうノアの表情は、いつにもなく硬かった。きっと、これが最後なんだろうな。そして、行く手を阻む二人の水の魔物。ここから先へは、行かせない。だったら、僕が相手をするよ。ノアの背後、教団の裏切り者は姿を現した。
それは恩師の親友であり、かつての仲間の産みの親だったからだった。私はあなたのこと、止めなきゃいけない。構えた棍。だが、堕風才はその道をあっさりと明け渡した。あの子を倒してくれてありがとう。もし、あなたが倒せなかったら、その時は。
だから、僕の戦いなんだ。一人、刀を手に立ち向かうアリトン。やっぱり、君は裏切ったんだね。水波神はその刀を弾いてみせた。裏切ってなどいない、これは僕の信じた教祖様の心からの願いだ。旧教祖が伝えた特別な任務、それは教団の壊滅だった。
君たちが探しているのは、聖なる鞘かな、それともこの少年かな。二人の前に立ちふさがったのは執事竜。そして、目の前に投げ捨てられたアスル。最悪の形で果された再会。絶対許さない。よっぽど殺されたいみたいだな。二人は、怒りを露にした。
それでは、先に進ませてもらおうか。続く地下道、立ちはばかる無数の教団員。まずは、僕の魔法をご覧下さい。オズが鳴らした指先。そこに現れたのは、炎が模した三つ編みの少女と、小さな犬、背の高い案山子と、翼の獅子、古ぼけた機械だった。
誰だって、友達を自分の手にかけたくはない、それは堕風才も同じだった。ウチもあの時、そうしたくなかった、沢山反対したヨ。だが、離れていた時間は長すぎた。今さら、私は誰も信じることは出来ない。だから私は、あの日の自分だけを信じるの。
教祖様は、僕を受け入れてくれた。振るう刀。だけど、もう教祖はいないよ。弾かれる刀。罪を重ね、自分を肯定するしかなかった僕を、受け入れてくれたんだ。荒ぶる心。そして生まれた隙間。襲い掛かる刃。だが、それでもアリトンは守られていた。
たった二人で何が出来るというのだ。執事竜の背後から現れた新南魔王と新東魔王。余裕の笑みを浮かべる三人。悪いけどさ、二人だけじゃねーんだ、出て来いよ。直後笑みは焦りに変わった。なぜ、貴様がここに。派手にいくぜ、レッツ、ハッピー。
六つの炎が切り開く王の道を進むノア。あの日、お前を連れ戻していたら。頭を過ぎる後悔。だが、その後悔は、すぐに温かな炎が燃やし尽くした。もし、そうしていたら、お前は皆と、出会えなかったんだな。六つの炎は、止まることを知らなかった。
堕風才に別れを告げ、辿りついたのは竜界の姫が囚われていた地下牢だった。よくここまで来られたわね。待っていたのは雷帝竜。お姫様を、返してもらいにきたよ。なんで、アンタみたいな人間が肩入れすんのよ。人間とか関係ない、心は一緒なんだ。
水の刃を弾いたのは、アオトの刀だった。君は、悪魔なんかじゃないよ。傷ついた体が抱き起こしたアリトンの体。あの日、僕は逃げた。だけど君は、逃げなかった。悪魔になるべきは、僕だったんだ。アオトは全ての罪を留めようとしていたのだった。
そこには、傷だらけの旧北魔王が重火器を構えていた。あのまま死んでいれば、完全な存在になれたというのに。死ぬのはテメェの方だ。だが、一人加わったところで、オリナ達の劣勢に変わりはなかった。もう一人加わったら、どうなるかな、けひひ。
家族の思い出は炎となり、ノアの進む道を照らし出していた。歩みを止めることのないノアが辿りついたのは、一つの開かれた扉。踏み入れた地下祭壇、その先には真教祖が鎮座していた。久しぶりだね、古の竜王様。そして、出来損ないの道化竜もね。
だが、ミドリに残された体力は限界を迎えようとしていた。なによ、偉そうなこと言ったって、所詮は人間ね。棍を握る力は抜け、立つことに精一杯だった。そろそろ、死んでもらおうかしら。雷帝竜の最後の一撃が轟く。やっぱり、心は一緒なんだ。
そして、そんな二人を前に堕水才の動きは止まっていた。どうしたんだ。水波神の問いに、答えようとしない堕水才。堕水才の瞳に映し出されていたのは、あの日の瞳ではなかった。そう、蒼き兄弟の瞳は、共に濁ることなく、澄み切っていたのだった。
現れた旧東魔王。私はあんたらを助けたいんじゃない、こいつらが許せないだけ。続く攻防戦。君たちはもう、過去なんだ。思い出に消えてくれ。何度倒れようとも、立ち上がり続ける四人。いくら頑張ったって無駄だよ、ここに鞘なんてないんだから。
始まった攻防戦。君は、王に相応しくないよ。だが、ノアは動じなかった。あぁ、知っている。その言葉の込められた意味。僕が、統べる者になる。無数に湧き出る教団員。私は王様失格だからな。古の竜王は、古へと帰る覚悟を決めていたのだった。
最後の一撃を受けとめたのは、古ぼけた機械だった。本日に限り、当園のパレードは出張とさせて頂きます。ウサギのきぐるみは告げる。小さな犬は獣を呼び出し、背の高い案山子は風の刃を、翼の獅子はその鋭い牙を、それぞれの想いを放つのだった。
違う、違う、違う、違う、違う、違う、堕水才の脳裏を埋め尽くす言葉。だが、蒼き兄弟はその隙を見逃しはしなかった。あの日覚えた初恋は、恋する人の手により、終わりを迎えた。それ故に、堕水才の初恋は最高の形で終わりを迎えたのだった。
すでに、鞘は宝物庫から運び出された後だった。そんなことって。動揺するオリナ。君たちが来ることは、初めからわかっていたよ。だったら、なんでオマエらがここで道塞いでんだよ。ライルが突いた核心。この先には、大切な何かがあるんだろう。
私は王でありながら、あるまじき道を選んでしまった。その証拠が寄り添う罪深き道化竜だった。まさか、初めから。焦りを隠せない真教祖が出したのは各教団員への避難勧告。だから、私は古の竜王なんだ。新しい時代は、貴様以外の誰かに任せよう。
みんながね、どうしても行きたいって言うんだ。それは、言葉ではなく、心の声だった。誰かが監視カメラを壊してくれたおかげで助かったよ。牢屋の扉が開かれると共に、響き渡る竜の咆哮。救出された竜界の姫は、少し複雑な表情を浮かべていた。
聞こえてきた竜の咆哮、それは脱出の合図だった。それでも退こうとはしないアリトン。これは、僕の任務だから。だが、そんなアリトンに差し出された兄の掌。一緒に逃げよう、君は彼女の分まで生きなきゃいけない。それだけは、君が留める罪だよ。
その言葉で活気を取り戻したのは旧魔王二人だった。聞こえた竜の咆哮。チビを抱えて逃げろ。オリナ達とすれ違う人影。ここは俺達が食い止める。旧北魔王は銃声を響かせる。だから、あんたが迎えに行きなさい。旧東魔王は人影を見送ったのだった。
グリモア教団本部全域に轟く竜の咆哮。それは炎となり、辺りを紅く包み込む。もうじき、ここも崩れるだろう。その咆哮は、あらかじめ決められていた脱出の合図。私達はもう、今の時代に必要ないんだ。紅く染まる言葉。だから、共に眠るとしよう。
なぜ、お前がここに。それは一筋の光。約束を忘れてしまったのですか。南従者が浮かべる優しい微笑み。なぜだと、聞いているんだ。その微笑みの返事にと、流れたのは大粒の涙。真っ暗な地下宝物庫で果された再会。そしてパイモンは、小さな体をそっと抱き寄せる。ずっと側にいるって、約束したじゃありませんか。
遠く離れた丘の上から、崩れる教団本部を見守るミドリ達。そして、いつの間にか鳴き止んでいた竜の咆哮。そういう、ことなのね。ただ、悲しい瞳で見守る永久竜。見届けてやれよ。ミドリ達のすぐ横には竜神がいた。見届けたら、俺について来い。
崩れ落ちる教団本部を背に、蒼き兄弟は約束を交わした。僕はこれからも、アオトとして生き続ける。それは弟の自由の為に。僕はこれからも、アリトンとして生き続ける。それは罪を償う為に。僕はもう、戻れない。だから行くよ。さよなら、兄さん。
傷だらけの仲間を抱えながら教団本部を脱出したオリナ達は、教団本部が崩れ行く様をただ見つめていた。果たせなかった任務を、悔いてる暇なんてないぜ。その裏側、既に他の隊員達は動き始めていた。夜明けが昇るのは、いったいどっちなんだろう。
鳴り止んだ竜の咆哮、いつまでも燃え盛る炎が照らし出したのは夜明け。この日、グリモア教団本部は全壊した。そして、一夜明けようとも、五夜明けようとも、十夜明けようとも、古竜王ノアと、従えた道化の火竜が竜界の玉座に戻ることはなかった。
みなみまおーは、ずっといっしょにいてくれますか。それは、幼き日に交わした何気ない約束。だが、少女は幾つ歳を重ねようと、その約束を忘れることはなかった。そして、そんな約束を交わした相手もまた、二人の約束を忘れることはなかった。
南館からの侵入者は、再び旧教祖の手を引いた。そこには旧教祖と旧南魔王という関係ではなく、一人の少女と南従者という関係が存在していた。さぁ、ここから抜け出しましょう。そして、この日、旧教祖は本当の意味での外の世界を知ったのだった。
私はもう、教祖ではないのだ。旧教祖は涙ながらに訴える。ええ、存じております。だから私は、南魔王ではなく、南従者なのです。そして、私だけではなく、きっと彼らも同じはずです。二人は崩れ行く教団を眺めながら、かつての三人を待っていた。
教団を後にした旧東魔王の後ろ、ふと姿を現した堕風才。全部知ってたのね。口を閉ざしたままの堕風才。今更、ごめんなさいだなんて聞きたくない。遮られた言葉。私とあなたは、選んだ居場所が違った、それだけの話よ。いつかまた、会いましょう。
兄に別れを告げた旧西魔王は流水獣の待つ浜辺へ。そこで待っていたのは、流水獣だけではなかった。もう一人の待ち人を抱きかかえ、そっと海へ。さよなら。水面に浮かぶ体。最高の現世はまだ終わらないよ。そして、繋いだ手は解かれたのだった。
旧北魔王は左腕に残った傷跡に、もう一筋の傷を足した。これで、お別れだ。そして首輪に手を伸ばし、自らの手でベルトを締めた。これは服従の証なんかじゃない、忠誠の証だ。これから始まる未来、振られた尻尾は、振り止むことを忘れていた。
ほら、見てください。南従者の一声は、旧教祖の視線を誘導するに十分だった。西から男が一人、北から男が一人、東から女が一人、装いを新たにした三人が、再び一つの場所へと集まろうとしていたのだった。そしてほら、もうじき、夜が明けますよ。
魔界に送り届けられた棺。これは、警告と受け取るべきなのかしら。それとも、挑発と受け取るべきなのかしら。その意味を知るのは、その棺の差出人のみだった。それなら私は、好きに解釈させてもらうわ。そして、その行為を解釈したのは魔参謀長ファティマだけではなかった。僕の解釈だと、警発かな。挑告かな。
崩れ落ちた砂上の楼閣を見下ろす旧教祖。そして、再び集った四人の従者は、それぞれの想いで思い出に手を振る。私達は、不完全な世界に生きるんだ。風になびく金色の髪。さぁ、ここからもう一度始めよう。そこには、黄金の夜明けが訪れていた。
ファティマの元に届けられた報告書には、グリモア教団本部の崩壊が記されていた。その報告内容は詳しく、旧教祖、旧魔王の離反、さらには真教祖の目覚めまでもが記されていた。そして、報告書の作成者として水波神の名前が記されていたのだった。
なぜ、教団は鞘を必要としていたのか。なぜ、運び出されていたのか。そして、鞘とはいったいなんなのか。報告書には、このように記載されていた。鞘は万物を再生させる力を持つが効力は未だ不明確。また、鞘が運び出された形跡は皆無だった、と。
そして、報告書には生きていた旧教祖についても記されていた。真教祖一派は、旧教祖を幽閉するも、殺しはしなかったということ。また、幽閉する前に、とある実験が行われていたということ。だが、肝心の実験内容については記載されていなかった。
運び出されることなく教団本部から姿を消した鞘。とある実験のあと、殺されず、生かされていた旧教祖。そして、未だ不明確ではあるが、鞘が持つという効力。なるほど、そういうことだったのね。ファティマは更なる次の一手を考え始めたのだった。
その場に、女王のお友達も二人いたみたいですね。ファティマは隠すことなく、ありのままの報告をした。それとも、もう友達じゃないのでしょうか。そんな問いに、ユカリは顔色一つ変えることなく答える。あなたには、なにも関係のない話でしょう。
お友達が、もう一人動かれているみたいです。それは、聖王奪還へと動き始めたアカネのことだった。少年達は、いったい彼を取り戻し、どうするつもりなんでしょう。まさか、王が帰還すれば戦争が終わり、平和になるとでも思っているのでしょうか。
続くファティマの問い。お友達はみんな、女王ではないあなたの為に、いえ、あなた達の為に奮闘しているようですが、どのようにお考えなのでしょうか。だが、それでもユカリの顔色が変わることはなかった。私にも、なにも関係のない話でしょう。
随分と顔に似合わない悪趣味なことしてくれるじゃん。堕魔王は精参謀長ヴィヴィアンを問い詰めていた。のんびりしていたら、あっという間に時間は過ぎちゃうから。その言葉の裏には、彼女と彼だけが知る密約があった。忘れたら駄目だよ、あなたのそのかりそめの命には、限られた時間しか与えられていないことを。
なぁ、ここはどこなんだ。目を覚ました第六世代自律型ドライバ【ルル】は神才へ問いかける。そういえば名前なんて気にしたこともなかったよ。そこで初めて神才はこの場所に興味を抱いた。ねぇ、ここはどこなのかな。そして、悪戯な神はこう答えた。ここはね、彼の為の、彼の為だけの王都ティンタジェルだよ。
ここが王都だとしたら、どうして民は一人もいないのかな。どうして王様しかいないのかな。その答えは簡単だった。もうすぐ、多くの民が集まってくるんだよ、一人ぼっちの王様の元にね。そっか、それはとっても楽しいことになりそうだね。そして神才は鼻歌を口ずさんだ。ルールルー、ラールラー、レーロッロロー。
やっぱり双子は萌えポイント高いよね。妖精と魔物だなんて、もう、たまらないよ。こうして第六世代自律型ドライバ【リリ】は神才の手により生まれた。私のことはね、お母さんって呼んでくれていいよ。ママでもいいかな。そして初めて開かれた口。了解ですよ、マスター。その一言に、神才は深く傷ついたのだった。
リーリリー、ラールラー、レーロッロロー。早速ね、君達にお仕事を頼みたいな。プログラムされた二人の堕ちた天才の名前。マスター、あと二人いるみたいですよ。なぜかプログラムされなかった二人の天才の名前。一人はね、もうすぐここに来ると思うんだ。もう一人はね、様子を見たいんだ。神才は楽しそうだった。
どういうおつもりでしょうか、お兄様。問いかけるシオン。それは長時間にわたり行われた竜王族会議のあとの出来事。賛成票は過半数を超えていました。なのに、どうして。埋まらなかった王の席。言ったろ、俺は好きにやらせてもらうって。お兄様は、竜界の平和ではなく、ご友人達を選ぶということなのでしょうか。
過ぎ去りし昨日に何を求めるのか。傷跡を癒す思い出だろうか、傷跡を抉る思い出だろうか。もう、あの頃は戻って来ないっていうのに。闇聖人シオンの心は晴れなかった。そう、だっていくらお兄様たちが頑張ったって、世界の決定は覆らないんだから。その日、六聖人の間では、一つの大きな決断が下されていた。
女王の間へと届けられた沢山の稟議書類。あ、あの、ハンコをお願い出来ますでしょうか。だが、その呼びかけに応える者はいなかった。それは、スピカの声が小さかったからなのか、あえて聞こえないふりをしていたのか。闇魔女王は窓辺から夜空を見つめ続けていた。女王様は、お星様のことがお好きなのでしょうか。
星屑魔スピカは夜空を眺める闇魔女王の為に紅茶を用意した。ほのかに漂うオレンジの香りに、顔をゆがめる闇魔女王。お口に合いませんでしたでしょうか。だが、首は左右に振られた。ねぇ、あなたはどちらだと思う。開かれた唇。星が光り輝く為に、夜は闇を纏うのか、それとも闇を纏う夜の為に、星は光り輝くのか。
報告を終え、自室へと戻ったファティマの元へと訪れた来客者。それで、世界はどのような決断を下したのかしら。僕が前から話してるとおりだよ。それはあなたにとって、つまらない世界よね。その一言は、世界の決断を鈍らすのに十分なものだった。
随分と派手に暴れたのね。ヴィヴィアンは数多の戦いで傷ついた体の手当てをしていた。それで、目的は果たせたのかな。知ってるくせに、なに言ってんだよ。その言葉の出所は、ヴィヴィアンの膝の上だった。っつか、ベッドに寝かせてくんねーかな。
人が空を見上げるのは、お星様に願い事をする為だそうですよ。それは幼き日の記憶に残る絵本の話。星が光り輝くのは、みんなを笑顔にする為だそうです。そう、その言葉は、いつもきらきらな笑顔の少女を思い出させるには十分過ぎたのだった。
じっとしてなきゃ、めっ、だよ。二人の間には特別な時間が流れていた。よく頑張りました。膝の上で語られる教団本部崩壊の一部始終。こんなにお話してくれるだなんて、昔と逆転しちゃったみたいだね。膝の上、そこには少し照れたライルがいた。
もう、大丈夫だから。ライルは未だ癒えきらない体を無理矢理起した。だって、まだ終わってないんだろ。それはヴィヴィアン側からの報告の後の行動。うん、真教祖も古竜王も行方不明のままだよ。そしてね、最後にもう一つ、気になる話があるんだ。
それは、殺されることのなかった旧教祖に対する言及。私はまだ、納得いってないんだよね。運び出された鞘と、殺されなかった旧教祖。もし、その仮説が正しかったとしても、それは意味のないことだから。やっぱり、まだなにか残されていると思う。
トントン。扉を叩く音が聞こえた。いらっしゃい。ガチャ。扉が開く音が聞こえた。そういえば、立場が変わってからは、紹介してなかったよね。そこに現れたのはヒカリだった。紹介もなにも、知らないわけねーだろ。それは、どっちの意味なのかな。
どっちだっていいじゃねーか。そらした視線。ってことは、どっちもってことなのかな。ヴィヴィアンは笑ってみせた。こんにちわ。そして、そらした視線に合わせたヒカリ。いつも、兄がお世話になっていました。あと、姉がご迷惑をおかけしました。
全部、知ってるって顔だな。それはヒカリの出生の秘密だった。私にはお兄ちゃんもお姉ちゃんもいません。いるのはパパとママだけです。それは、今も変わりません。だけど、私には兄と姉、父と母がいます。それも、今は変わらない事実なんです。
そして、ヒカリは続けた。あの人が言ってたんです、嬢ちゃんはありのままの事実を受け入れたいのか、それとも否定したいのか、って。それは、死という事実が否定された死ぬことの出来ない二人の王様の昔話だった。だから私は、その事実を――。
仕込みは出来た、これは凱旋した後のお楽しみじゃ。キッチンで一人、スープの仕込みをしていたブラウンは真新しい隊服に袖を通し、過去を懐かしんでいた。あの時は、まだ三人じゃったな。それは特務機関結成時の話。再び私を戦前へ呼び戻してくれて感謝している。どうか、あの時止めなかった私を許さないでくれ。
新しい隊服に袖を通したヒルダは、与えられた任務に口を尖らせていた。どうして私が、こんなことしなきゃいけないのかしら。だが、その尖った口からは、かすかに笑みがこぼれていた。いいかしら、これだけは約束してもらうわ。彼が目を覚ましても、目を覚まさなくても、一発だけ、全力で殴らせてもらうから。
生まれし子は絶望を孕んでいた。望まれない生、望まれない種、望まれない存在に希望などなかった。母が悪いのか、父が悪いのか。いいや、生まれてしまった自分が悪いに違いない。だって、他人がいじめるのはいつだって僕なんだから。帽子に隠した姿と望み。だが、隠匿は更にハッターを蝕んだ。 デザイン:七罪
恐怖へと姿を変えた絶望。歪んだ心、重ねる悪行。姿が変わろうと、望まれない存在なのは明白だった。産んだ母が悪いのか、産ませた父が悪いのか、蔑む者が悪いのか。どうせ悪いのは全部僕なんだ。だから悪に染めてあげる。堕精魔ハッターは妖精のような純真な心の荒んだ魔物であろうとしていた。 デザイン:七罪
少年はいつも、追いかけていた。大きすぎた父の背中を。だが、その背中は突如消えた。少年にはそれが信じられなかった。信じたくもなかった。そして思い出したのは、父がいつも話してくれた聖なる扉の伝承。聖なる扉を目指せば、きっといつか、もう一度父さんに会える。そんな小さな思いを、アカネは抱いていた。
前線で戦いたい、だが次の世代へ橋渡しをしたい。還暦を迎えたブラウンは世界評議会警備局を退き、食堂で料理人として勤めていた。そんなガレスに掛けられた声。だったら、その腕で未来を示せ。そこには金髪の青年がいた。お前で二人目だ。
世界評議会の執務室、向かい合った男女。そう思わせてしまうのは、俺の力が足りないからだ。それは青年の言葉。だから、そういう綺麗ごとが気に入らないの。それはヒルダの言葉。俺はお前のその素直さが気に入った。ついて来い、お前で八人目だ。
ねぇ、父さんはなにをしているの。少年はいつも寂しかった。俺はな、世界を守る仕事をしてるんだよ。それはありきたりな子供だまし。だが、それでも少年の憧れだった。それなら、俺も世界を守るよ。世界を守り終わったら、いっぱい遊んでよな。
やっぱり俺には戦うことでしか恩を返すことは出来ないみたいです。思い出すのは出会ったあの日。この命は、あなたのもの。あなたの正義が、俺の正義ですから。ローガンは新しい隊服に袖を通し、咥えた葉巻に火を灯した。だから、どうか帰ってきてください。若き世代の光に、争いのない理想を追い続けてください。
あの日、私を拾ってくれてありがとう。それは行き場をなくしたフェリスの新しい始まり。私を育ててくれてありがとう。隣で見てて欲しかった、なんて言わないよ。だって、パパにはパパのやるべきことがあったんだもんね。私はね、そんなパパが大好きだよ。だってパパはね、世界で一番格好いい私のパパなんだから。
少年は理解していた。両親の歪んだ愛を。自ら選んだ出来損ないの道。だが、少年の心はその状況に耐えることなど出来るわけもなかった。噛み締める唇。だけど、これで弟は救われる。だが、すれ違う想い。弟が罪を犯したとき、少年は弟の名前であるアオトを名乗ったのだった。これは、僕が背負うべき罪なんだから。
あの三人がどこへ消えたかはわからない。それは闇通者の言葉。どうせもう、彼らは必要ないのよ。それは無通者の言葉。私達の教祖様は、この方一人だけなのだから。その隣り、真教祖は不敵に微笑んでいた。次は君にお願いすることにしたよ。そして、名もなき青年にはエギュンの名前と役割が与えられたのだった。
あの日、二人の西魔王が消えた。でもね、だったら何度でも創ればいいだけの話だから。新たに創られた西魔王エギュン。そこには、壊滅したはずのグリモア教団員が集められていた。だけど、これで良かったのかもしれないね。少しだけ準備を整えよう、そして僕達の手で再創するんだよ、このちっぽけな世界をね。
彼が生まれるまでに、多くの存在が血の涙を流した。これは必要な犠牲だ。世界評議会で研究されていた次種族<セカンド>の可能性。俺の奏でる未来に、君が必要だっただけだ。そして口を開いたグライフは、冷たい視線を投げ返した。彼と一緒にされたら困るよ、あんな出来損ないの天上の獣にね。俺達は共犯者だ。
俺の代わりに働いてもらおうか。そして天神獣グライフに与えられた三つの役割。一つ、王の象徴であること。二つ、神の翼になること。三つ、黄金を守ること。で、優先度を聞かせてもらおうか。もちろん二択で構わない。その問いに、表情一つ崩さない炎聖人はこう答えた。王都へ向かえ。彼がまだ、王であるうちに。
両親は死んだ。だから僕は僕であることを辞めた。僕は君だよ。だから、君は悪くないんだ。悪いのは全部僕なんだ。殺したのも、僕なんだよ。そして少年は親殺しの罪を背負った。すべては弟の為に。だって僕は、あの夜に守ることを誓ったんだから。
その瞳が濁っていたのは、悲しいから、苦しいから、辛いから。なぜ、私がこの役目を。創られた神格、だがそれこそが存在理由。ありがたく思って欲しいんだけど。力を与えられた責任を果たしてよね。そこには一方的な取引が存在していた。
テロ鎮圧の為、評議会は人質を犠牲にしようとしていた。悲劇を繰り返すのか。民間軍事会社の天涯孤独の男はその決定を受け入れられなかった。そこに現れた評議会の青年。好きにやれよ、始末書なら俺が書いてやる。それは四人目の出会いだった。