銃砲を支えに、膝をつこうとしないローガン。どこにそんな力が残ってるんだよ。アミラスには理解出来なかった。ここで倒れでもしたら、ボスが帰ってきたときに顔向け出来ないからな。4人目は最後まで膝をつくことなく、瞳を閉じたのだった。
瞳を閉じていたフェリスの顔は喜びにも似ていた。きっと、夢を見ていたんだろう。最愛のパパとの出会いの日を。そして、5人目の幼い少女が夢に見続けていた日。最愛のパパとの再会の日を。パパ、私は最後までパパの立派な騎士だったんだよ。
こんなことになるなら、もっとまともに鍛練しとくんだったぜ。ユカリの前、すでに力を入れることすらままならないロア。あんたに殴られちゃ、あいつも目を覚ますかもな。こうして、6人目もまた少女に未来を託したのだった。ありがとな、ボス。
ランの油断が生んだ隙、そして両手は銃を離していた。ありがとう、ランさん。ヒカリが述べた感謝。どういう意味か、聞かせてもらおうか。私の兄のことを、想ってくれたことだよ。7人目はニヤリと笑う。やっぱり、アンタらには勝てねぇわ。降参。
地上へと降り注ぐ無数の矢。それは、倒れたヒルダに覆いかぶさったポストルの背中へも。ボクはキミが羨ましい。誰かの為に命をかけられるなんて。だが、ヒルダはそれを否定した。私はね、そんなに可愛くないの。それが8人目の最後の言葉だった。
砕けた二対の棍。そして、砕けなかったのは友情。オリナへ手を差し出すミドリ。だが、オリナはその手を拒んだ。最後まで、格好つけさせて欲しいと思って。アタシはボスと一緒に、世界の敵でいたいんだ。10人目はそれでも自分を貫いたのだった。
アスルが右腕で隠した眼。アオトはそれがなにを意味していたか気づいていた。オレは、最後まで立派な騎士でいられたかな。かすれる涙声。アオトはそれを否定する。僕が必ず、最後にしないって約束する。12人目の3度目の運命は終わりを告げた。
アーサーを信じ、アーサーの為に戦った騎士たちは敗北した。そして、アカネたちも決して無傷ではいられなかった。この先に待つであろう障害。それでも、俺たちは進むって決めたんだ。そして、そんな彼らの動きは大きな動きへと繋がるのだった。
俺も邪魔させてもらうぜ。後ろの扉からやってきたのはアマイモン。なんだ、オマエは無事だったのか。いつか対峙していたはずのライル。まぁ、そう簡単に負けられちゃ俺も困るからな。その言葉はアマイモンなりの皮肉交じりの喜びの言葉だった。
そして、アマイモンに続きやってきたのはアリトンだった。僕も待っているのは苦手みたいでさ。目を合わせた兄弟。もう、引くことは出来ない。だから、僕たちだけでも戦わなきゃいけないんだ。その瞳には大きな意志が宿っていた。少しでも、前へ。
少ないながらも揃った足並み。だが、次の瞬間フロアに響く爆発音。みんな伏せろ。それは塔の外側からの爆撃だった。開いた風穴。聞こえたアラート音。砂塵に浮かび上がるシルエット。そこには4つの人影が浮かんでいた。緊急事態発生みたいだよ。
エジィを引き連れたジャンヌ。それが2つ分の人影だった。ったく、みんな派手に暴れたんだね。そのみんなには、倒れた円卓の騎士たちも含まれていた。エジィ、まずは傷ついた人たちを外へ連れてったげて。いい、絶対に誰も死なすんじゃないわよ。
安心して、アタシはアンタたちの敵じゃない。ただね、もうちょっと器用にやりなさいよ。って、こいつの隣りでそんなこと言えないか。ジャンヌの横、そこにいたのは派手な爆撃の張本人だった。名前くらいは聞いたことあるわよね。そう、彼女が―。
イージスだ。自ら名乗ったイージス。そして更に隣にいたポタ。突如現れた六聖人のふたりを前に、驚きを隠すことの出来ないアカネたち。手荒な真似をしてすまなかった。緊急を要していたんだ。そして、ポタへも負傷者の搬送を命令するのだった。
説明してくれるんだろうな。ギンジの瞳は真剣だった。あぁ、すぐにわかるさ。イージスの一言。あぁ、もうちゃんと説明したげなさいって。頭を抱えるジャンヌ。いまのアンタたちじゃ分が悪い。アンタたちじゃ役に立たないって言ってんのよ。バカ。
まさか、六聖人のおふたりが出てくるとは思いませんでした。アカネたちの正面、音もなく現れたベオウルフ。つまり、あなたたちは、世界の決定に背くということでいいんですね。ベオウルフが掲げた右手。さぁ、未来を描き変えるとしましょう。
屠竜者の掛け声と共に現れた画神たち。世界は俺たちに描かせてもらおう。それこそが神の意思であり、世界の決定なのだから。空に描かれた絵が色付き始める。もう、変わらない。なにも変わらない。ただ、描かれた絵に従えばいいんだ。そこにこそ、生きとし生ける者が進むべき本当の未来が存在するのだから。
知ってるかな、君たちは僕らの手のひらの上なんだよ。マルクが描く未来。決定者の意思に逆らうことは出来ないんだから。未来へ進んでいるようで、進まされている。歩いているつもりで、歩かされている。偶然のようで、必然である。都合の悪い絵は塗り変えちゃえばいいんだ。そんな力を僕らは持ってるんだから。
いまの世界に私の居場所はなかった。だけど、いまならわかる。フィンセントが受け入れていた都合の良い犠牲。私を追放した意味を。世界の決定が私を許した。だから私は世界の決定に従う。あなたたちは世界の決定からはじかれた。私たちが描く未来に存在しない存在なのだから。ここで消えてもらうことにします。
なぜ、世界の決定に背くのかしら。クロードが問いかけたのは聖人のふたりへと。あなたたちなら、わかっているはずよ。世界の決定に背くのが、なにを意味しているのか。真剣な表情の風聖人と睨みつける光聖人。アタシたちは聖人よ。わかっているからこそ、ここに来たの。だから、旗くらい振らせてもらうつもりよ。
私が欲しいのは富と名誉。サルバドールはひげを撫でていた。そのためにも、邪魔な存在にはここで消えてもらわなきゃいけないのでね。だが、少しやっかいな人がいるみたいだ。見つめていたのは風聖人。絶対の力を持った私たちと、力比べをさせてもらおうか。決定者たちも、遠くで私たちを見ているだろうからね。
私は、ただ描くです。私に、意思はないです。ただ、決定に従うです。パブロが構えた筆。世界の決定に従い、邪魔な存在を排除しに現れた画神たち。どうか、綺麗な未来で会えるようにです。そして、一斉に描き出される未来。抵抗、無用です。大人しくしていて欲しいです。痛くしないです。でも、消えてもらうです。
ベオウルフと共に現れた六人の画神。彼らは立派に戦った。そう、いい駒だったよ。そう言い放ったのはレオナルド。誰のことを言ってるんだ。怒りで顔を歪ませたアカネ。だが、事実として、アカネたちの体力は先の戦いで消耗されていたのだった。
フィンセントが地面へと放った弾丸。だが次の瞬間、弾丸はアオトのすぐ後ろから現れた。間一髪、かすかに血が滲む。下へ放たれたという現実が、次の瞬間、背後から放たれたという未来へと塗り替えられる。安心して、楽に死なせてあげるから。
ドライバを握りなおすアカネたち。だが、次の瞬間、ドライバは地面へと突き刺さっていた。この程度のこと、私にはなんの造作もない。サルバドールが浮かべたいやらしい笑み。そしてまた、六聖人であるイージスも表情ひとつ変えてはいなかった。
絶対防盾アマルテイア、展開。イージスの言葉に呼応する大きな盾。その盾はすべてを守る盾であり、未来を描き変えることなど許さない絶対の盾。お前たちは逃げる準備をするんだ。だが、その言葉に素直に従うことの出来ないアカネたちがいた。
マルクの筆から生まれる大量の化け物。切り裂くユカリ。だが、その化け物が消えることはない。消えたという現実、消えなかったという未来。いつまでも遊んでればいいよ、あはは。君たちじゃ、絶対に僕たちに勝てないんだから。それが未来だよ。
私の彩りをみせてあげるわ。突如、色の消えたヒカリの瞳に映る美しい花畑。綺麗でしょう、それがあなたの死ぬ未来よ。残酷ゆえに、綺麗な未来。幻なんかに惑わされないで。未来はこの手で変えられる。ヒカリを呼び戻したのはジャンヌの声だった。
だけど、残念です。退路という未来は消えましたです。そう、いつの間にか、この場所からの出口は消えていた。そして、ひとつだけ豪華な扉が存在している。この扉は違うです。あなたたちのような存在が、通っていいような扉じゃないのですから。
さすがに庇いながらはしんどいわね。ヒカリたちを庇いながらも、3人を相手しているジャンヌ。アンタたち、どうにか上手く逃げなさいって。だが、出口のないこの場所に、もうひとりのよく知った顔が現れたとき、ジャンヌの表情は曇り始める。
パブロが描いた扉から現れたのはラウフェイだった。イージス、ジャンヌ、あなたたちふたりは、世界の決定に背くことがなにを意味しているのかわかってのことよね。走る緊張。わかっているのなら、彼らのように従っていればいいだけのことよ。
ラウフェイに続き、その場に現れた4人。そのうちのひとりがダンテだった。あぁ、わかっていたさ、いつか貴様らが裏切るということを。イージスとジャンヌ、ふたりに共通していた「人間」の血。やはり、こういう選択になってしまったのだな。
少しだけ、面白くなってきたよ。ダンテの隣、そこにはヨハンがいた。世界の決定に背くのは、決定じゃない。例外行動を君たちは起した。いったい、彼らはそれをどう思うのかな。喜ぶのかな、笑うのかな、楽しむのかな、それとも、悲しむのかなぁ。
ヨハンの隣に立つシオン。そして、シオンは冷たい瞳をしているようで、悲しい瞳をしているようにも見えた。裏切りへの否定か悲しみか。言葉ひとつ発さない。ただ、自分の聖人としての責務を果たす為だけにここにいる、とでも言いたげな瞳だった。
深めにかぶられた帽子。シオンの隣のニコラスもまた、別の理由で感情を読み取ることは出来なかった。だが、帽子で隠し切ることの出来ない唇。少しだけ上がった口角がなにを意味しているのか。それはニコラスだけが知る、ニコラスだけの真実。
やぁ、六聖人のみなさま。まさか全員が勢ぞろいするなんて、さぞかし大変なことが起きているのでしょう。その声は、更に別の方角から聞こえた。そんな大切な場面なら、是非ともボクにも立ち合わせておくれよ。そう、新たに現れたのはロキだった。
お友達も連れてきたんだ。ロキの隣、並んで近づくのはメイザース。無様な存在が淘汰される瞬間を、この瞳に焼き付けておきたかったんだ。特に、そこのふたりのことをね。見つめた先にいたアリトンとアマイモン。これもまた、世界の決定なんだね。
そして、ロキはその言葉を続けた。もちろん、彼らも招待しておいたよ。どうしてもさ、ひとりだけは来てくれないみたいなんだ。だけどもう時間だから、みんなに紹介させてもらおうかな。開かれた空、降りる光。そう、彼らが「世界の決定者」さ。
過去を司る女神ウルド。そう、いつだって過去は美しいのだ。人はみな、過ぎ去りし日々へと思いを馳せる。長い時が経てば経つほど、過去は美しくなる。だからこそ、過去を司る女神は光輝いていた。過去は変わらない。過去は絶対。過去は美しい。だからこそ、私に縋ればいい。与えてみせよう、美しく素敵な過去を。
過刻神ウルドが動き出したのには理由があった。刻を司るのは、私たちだけじゃなかったな。剣先が狙うのはただひとり。もうすぐ、いまの世界は終わるんだ。それは世界の決定。そして、もう一度歴史を作る。だから、邪魔をしないでくれ。そして、その言葉を否定する言葉。違うわ、私はただ終わりを観測するだけ。
未来を司る女神スクルド。そう、未来には死が待っている。それは長き刻の終わり。それを始まりと呼ぶ者もいるだろう。だが、確実に終わりは訪れ、始まりは訪れないこともある。だから私は闇を纏った。そうさ、私は終わりという未来を与えることが出来る。それは神であるあなたも例外じゃない。わかっているよね。
神界には様々な神々が暮らしている。そして、なぜその神界がラグナティアと呼ばれているのか。そう、神の中にも勝者と敗者が存在していたから。あなたの世界は、私たちに負けたのよ。未刻神スクルドが突きつけた現実。だから、私たちに従っていればいいの。刃向かうことは許されない。たとえ同じ刻神だとしても。
未来と過去の間に存在する現在という不確かな時間。存在した次の瞬間、そのイマは過去になる。だから、私は無を司る。現在を司る女神ベルダンディはそう述べた。だが、私という存在は必要とされた。刹那のために。そして、刻が歩みを止めないために。世界は終わる。終わらせる。そして、新たに始めましょう。
現刻神ベルダンディとふたりの姉妹、刻命神が一堂に会したそのとき、目の前にいたのは、かつての神々の争いの敗者であり、同じく刻を司る神だった。あなたは、また私たちの邪魔しようっていうのね。以前に現れた聖なる扉。封印された扉の君。その裏の立役者、観測神。私が観測すべき終わりは、彼らの勝利だから。
わぁ、なんか知ってる顔がいるよ。決定者のひとりとして紹介されたのは神才マクスウェル。そして、彼女の翼として少し後ろで寄り添うように浮かんでいたオリジン。彼女がいるからこそ、この世界には科学が溢れ、そして発展していったんだよ。
マクスウェルの隣りにいたのは始祖リリンだった。そう、彼女が妖精と魔物の祖であれば、それは最も神に等しい存在だと言えるよ。世界の決定者になるには、十分すぎる理由さ。リリンはただ一言も発することなく、ただ目の前の事象を見つめていた。
そして、君たちは本当に運がいいね。ロキは紹介を続ける。そう、彼は創醒の聖者。近づけそうで近づけない、逃げられそうで逃げられない、その異様な佇まい。顔を曇らせたのはジャンヌとイージス。あぁ、君たちふたりのその顔が見たかったんだ。
最後にもうひとり紹介しよう。彼が例外の決定者さ。なびく金色の髪。みんなが会いたかったアーサーの登場だ。そしてアーサーは剣を天高く掲げた。俺が君たちへ、最後の決定を下そう。突き立てられた剣。あたりは金色の光に包まれたのだった。
姿を消したままの聖王アーサー。そんな王の奪還に向かった者たち。降り出した雨のなか、彼らが辿り着いたのは王都ティンタジェル。数多の死線を潜り抜け、目の前に現れたひとつの玉座。だが、その玉座に待っていたのは、彼らにとっての――。
金色の光が止んだとき、アカネは自分が生まれ育った家にいた。暖かな縁側、台所から響く包丁の音。そして、アカネが自分の死を直感したのは、目の前に懐かしい男が現れたからだった。久しぶりだ、アカネ。そこにいたのは、炎才パブロフだった。
縁側に並んだ親子。ここはどこなんだ。きっとここが再創された世界、誰しもが幸せになれる世界……から、外れた例外の世界だろう。アーサーが下した世界の決定、それはディバインゲートを使用し、世界を再び構築すること。じゃあ、なんで俺は。
なぜ、アカネが例外の世界に存在していたのか。それはきっと、オマエが知ったからだろうな。アカネが常界の始まりの地で知ったディバインゲートの真実。そう、扉そのものでもあるアイツが、オマエをこの世界へ隔離したんだ。次の季節の為へと。
俺はそんなこと、望んじゃいない。俺たちは一歩ずつ、それでも前に進んできた。道を踏み間違えることだってあったよ。だけど、俺たちはイマを生きたいんだ。扉がもたらす未来なんか知らない。俺たちの未来は、俺たちが作っていくもんなんだから。
パブロフが突き出した拳。派手に壊してこいよ、そのオマエの拳で。アカネが突き出した拳。あぁ、当たり前だ。茜色に燃える夕日が照らしだしたのは、親子によって交わされた最後の約束。これで、本当にお別れだ。アカネ、オマエはイマを生きろ。
キーンコーンカーンコーン。金色の光が止んだとき、鳴り響いたのは放課後を告げるチャイムだった。雨上がりの校庭に立っていたアオトとアリトン。いったい、僕たちは……。そして、そんなふたりに走り寄る少女。久しぶり。そこにはロジンがいた。
この世界は、あったかもしれない世界だと思うんだ。仲良く歳をとり、仲良く学校へと通う双子の青年。そしていま、世界はそんな幸せの世界への再創の道を辿っているよ。いま、私たちが、ここで、こうしているあいだも、世界は終わろうとしている。
破壊と再生、それは幾度となく繰り返されてきた歴史が証明していた。そして、君たちは選ばれた。再生された、再創された新しい季節を託したいと。そして、アオトは口を開いた。あの人はいつも自分勝手だ。僕たちは、そんなことを望んじゃいない。
僕のせいで、弟の人生は壊れた。だけど、僕は壊してしまった昔の僕を否定したりしない。あぁ、だから僕は君に出会うことが出来た。そして、僕たちはともに過去を償う道を選んだ。やっぱり、ふたりは一緒だったんだ。もう、私が言うことはないね。
人はやり直すことは出来ない。だけど、変わっていくことは出来るんだって、僕たちが証明してみせる。止まない雨がないように、いつか晴れ空は広がる。行こう、イマの世界へ。僕たちの生きてきた世界で、僕たちの足で、扉の向こう側へ行くんだ。
ミドリの目の前に広がった金色の光景、それは竜界の幸せな日常だった。世界を統べる王がいて、王を支える家臣がいて、そして普通に暮らす竜たちがいる。そう、その当たり前の光景こそが、金色に輝く幸せであり、失われてしまった時間だった。
ただ幸せな景色に心を奪われていたミドリを現実に引き戻した声。ねぇ、どうしてあなたが。そこにいたのはヴェルンだった。これが、世界の決定だなんて、粋なヤツだな。ヴェルンの口から語られる統合世界のイマ。あなたも、決定者だったんだね。
俺たちは、幾度となく世界の崩壊と再生を目の当たりにしてきた。そうなるように動いてきた。だが、今回の世界は違った。だから俺は裏切ったんだ。俺たちが間違ってたんじゃないか、って。だから、人間のオマエに問いたい。イマの世界は好きか。
そりゃね、やっぱり喧嘩もするし、争いごとだって起きるよ。でもね、そうやって私たちは生きてきた。沢山の人と出会った。みんな、一生懸命に生きていた。後悔だってするよ。でもね、その分きっと強くなれる。だから私は好きだよ、イマの世界が。
不思議だな、そんな簡単な言葉に救われるなんて。ヴェルンがこぼした本音。だが、案外そういうもんかもしんねぇな。そしてヴェルンは背中を向けた。早くそっから出て来いよ、俺様はひと足先に行ってるからな。もう、ちょっと待ってくださいよー。
晴れ渡った青空、色鮮やかな花が咲き乱れていたのは天界の美宮殿の空中庭園。流れてくる耳に心地良い音楽。そんな庭園の中心にヒカリはいた。そして、そんなヒカリへと歩み寄る三人の男女。そろそろ、お昼にしましょうか。そこには幸せがあった。
紅茶を注ぐオベロン。料理を広げるティターニア。我先にとフルーツに手を伸ばしたモルガン。さぁ、みんなで食べましょう。存在しなかった家族の時間。ねぇ、なんでかな。なんでみんな気づかないの。そう、ヒカリは大きな違和感に気づいていた。
どうして彼はここにいないの。もうひとりの血の繋がった兄、アーサーはその場にいなかった。そして、違和感を口にすると同時にオベロンとモルガンは姿を消した。これがきっと、彼の知る幸せなんです。そう口にしたのはティターニアだった。
彼はあなたに次の世界を託したかった。だから、こうして隔離した。そして、優しい夢を見せた。ティターニアは語る。でも、それって……。ヒカリは気づいていた。そうです、きっと彼は、最後にあなたに選ばせたかったんでしょう。どうすべきかを。
ヒカリの答えは決まっていた。私、何度も考えたんだ。いったい、幸せってなんなんだろう、って。きっと、幸せの形っていっぱいある。でもね、ひとつだけ確かな答えを見つけたよ。幸せは自分の手で、自分たちの手で掴まなきゃいけないんだ、って。
私はここを知っている。魔界の深い深い森の奥、ふたりだけの特別な場所。だけど、どうして私はここに。その答えはすぐにわかった。ユカリ、一緒に遊ぼう。ユカリの許へ現れたのは、幼き日のヴァルプルギスだった。私たちだけの、特別な場所よ。
お揃いの紫色のストールが包み込んだのはふたりだけの特別な時間。触れ合う手のひら。だが、決して感じることの出来ないのは温もり。私は、この世界にしか存在出来ないみたいなんだ。そう、優しすぎた時間は、残酷すぎる時間でもあったのだった。
だから私は、最後にユカリにお願いをしたいの。ヴァルプルギスの言葉に黙って頷くユカリ。ねぇ、いまのユカリには、ユカリのことを大切に想ってくれる人がたくさん出来たよ。だから、そんな人たちのために生きて欲しい。私のためじゃなくて、ね。
私はね、もう過去の存在なんだよ。思い出なんだ。だから、もう私のために涙や血を流さないで。それでも行くと言うのなら、ユカリはユカリの人生を生きて欲しい。ユカリを大切に想うみんなを大切にしてあげて。それが、私からの最後のお願いだよ。
思い出は永遠であり、色あせることのない金色。そう、私はユカリの一番の宝物。それだけで、私は幸せだから。ヴァルプルギスは笑顔だった。ありがとう、私の宝物。さようなら、私の宝物。そしてまた、ユカリも笑顔で幼き自分へと別れを告げた。
そこにはなにもなかった。空っぽだった。ギンジは立ち尽くしていた。だが、灯った小さな炎。あぁ、俺はオマエから真っ直ぐってやつを教えてもらったんだった。なにもない俺に火をつけてくれたのはオマエだったんだ。そして、ギンジは歩き始めた。
歩き始めたギンジを打ち付けた雨。だが、決して動揺することのないギンジ。優しさってやつは、オマエがいたから備わったのかもしんねぇな。そこには誰もいない。だが、ギンジには見えていたのだろう。共に歩んできた、大切な友と呼べる存在が。
歩き続けるギンジを吹きつける風。知ってるぜ、いつだって動かなきゃなにも始まらないって。行動力はオマエが教えてくれたんだ。そしてギンジは走り出す。こんな場所で、道草くってる場合じゃないんだ。少しでも前に、それがいまのギンジだった。
そして、走り続けるギンジの前、眩しい太陽が昇る。ありがとな、オマエの笑顔にはいつも救われてた。そうだ、楽しいときは笑えばいい。辛くたって、笑えるなら笑えばいい。俺のことだって、笑いたきゃ笑えばいいさ。俺は恥じたりなんかしないぜ。
やがて太陽は沈み、夜が訪れる。だが、不安がギンジを襲うことはなかった。冷静さは、オマエがいたからか。ギンジが振り返った大切な仲間たち。みんな、すぐそっちに戻るからな。あぁ、そうさ、俺はみんなと一緒に、イマを生き抜きたいんだ。
そこには6つの扉があった。結局、アタシはこっち側よね。クランチは扉に手をかざした。アタシが開くのは錠だけ。出てくるかどうかは、彼次第だから。えぇ、それで構わない。だって、きっと彼だもの。ガチャ。ほら、言ったじゃない。ね、アカネ。
私も彼を信じています。コーラスが錠を外した扉。えぇ、アタシも信じてるわ。そして開かれた扉。だけど、思ってたよりもずっと早かったみたいね。ただいま。アオトとアリトンの帰還。いま、世界は……。ちょっと待ってなさい。もうすぐ、揃うわ。
フランジャが開けた錠。ただいま。間もなくして出てきたミドリ。って、この人たちは。初めてみる調聖者たち。私たちは託されたのよ、アンタらのよく知る神様に。そしてジャンヌは代弁する。アンタたちを信じてた神様、覚えてるかしら、観測神よ。
続く帰還。ええっと、ただいま。ヒカリが浮かべた笑顔。観測神が用意をしていた出口。だけど、彼女はいったいどこに。神様たちにも、色々とあんのよ。因縁の戦いってやつじゃないかしら、そう、刻を司る戦いよ。っていうか、ここはどこでしょう。
ユカリの帰還。あら、みんな早かったじゃない。一瞬生まれる安堵。で、早速説明してもらおうかしら。ジャンヌへと詰め寄るユカリ。もう、わかったわよ。説明を始めるジャンヌ。ここは刻の隙間、観測神のお膝元よ。で、アンタらを待ってたの。
ジャンヌから伝えられた神々の確執。神界を支配しているのは北欧の神々。その他の神々は肩を持つ者もいれば、中立の者も、対立する者もいるの。ガチャリ。一斉に扉を振り返る。あれ、みんないたのか。そして、全員が帰還を果たしたのだった。
続けるわよ。で、世界の決定によって、統合世界を壊すという決断が下された。趣味が悪いわよね、ギリギリまで引っ張っておいて、このタイミングでその決定を下すだなんて。まぁ、その方が次の再生された世界はより高いレベルになるでしょうけど。
って、もう知ってそうな顔ね。そう、アカネたちはすでに知っていた。下された世界の決定を。それじゃあ、いま統合世界は。急に曇り始めたジャンヌの表情。すでに交戦状態よ。主戦場は常界、すでに神々が侵攻を開始している。だから、急ぎなさい。
アタシがみんなを連れて行くわ。もう準備はいらないわね。だが、アカネたちには理解出来なかった。どうして、アンタが俺たちのことを。そして、ジャンヌは振り返らずに告げる。なんかさ、昔の必死だった頃のアタシのことを思い出しちゃったのよ。
アタシは死んで英雄になった。そして、妖精の血を得て「聖人」という生き物に選ばれた。そう、滅びと再生の象徴として。だけど、やっぱりアタシだって人間だった。死んで英雄なんて、伝記で十分。さ、昔話はここまで。ほら、それじゃ行くわよ。
常界を燃やし尽くす竜の炎。暴炎竜フェルノの意志はなかった。ただ、竜の血に支配された哀れな元人間。そうさ、これこそ、次種族<セカンド>のもうひとつの完成形だよ。そうほくそ笑むのは終教祖。キミたちはボクの僕さ。もっと、もっと、もっと、ぎりぎりまで燃やし尽くしてくれ。世界が終わる、そのときまで。
シュトロムに結末を選ぶ権利は与えられなかった。ただ、外から与えられた結末、それは竜の血に支配されるという結末。それじゃあ、次はそのとなりの街を壊しましょうか。そう指示して見せた執拗竜。気分がいいものですね、竜を支配するというのは。こうして、与えられた結末は、世界の結末への道を辿り始めた。
壊された発電所、消える街灯、夜に染まる街。常界の夜空を舞う蝶、暴風精クロン。その小さな羽ばたきは竜巻を起こし、悲鳴さえもかき消す。そうさ、神様は悪趣味なんだよ。ちっぽけな命でさえも、僕たちに捧げてもらうよ。でも、僕たちに感謝して欲しいな。そのちっぽけな命に、意味を与えてあげるんだから。
常界の夜空を舞うもう一匹の蝶、暴光精トニング。行われるパレード。まるで自分が明かりを灯すかのように、放たれる光線。その光の先に沸き起こる悲鳴。美しい景色をありがとう。悲鳴とは反対に、喜びを声にした終教祖。さぁ、夜が訪れるよ。深い深い夜が訪れる、今度こそ、本当の落日を。そして、夜明けを。
世界に裏切られた少女は、縋った一筋の光にさえも裏切られた。君は悪くないよ、君は思うがままに生きて死んだ。そして、生まれ変わった。だが、その新しい人生を歩むことの出来ない暴闇魔クホール。可愛いお人形さんだよ。望んでいたじゃないか、君は復讐がしたいんだよね。いいんだよ、好きに復讐してごらん。
自我を失った暴無魔ダスト。だが、彼は決して悲しそうには見えなかった。そうだよね、君は勝ったんだ、この世界の勝者なんだよ。終教祖がおくる賞賛。そうさ、やっぱりぎりぎりまで攻めたいよね、それが君だよね。足掻かせれば足掻かせただけ、理想の未来は訪れるんだから。まぁ、君とはここでお別れだけどさ。
常界に鳴り響く雷鳴。ほらほら、もっと怯えなさいよ。ぎりぎりまで、足掻きなさいよ。現れたのは雷鳴竜イヴァン。生まれた多くの恐怖。だが、少なからず生まれた勇気。アタシたちは、その小さな勇気が欲しいの。それがきっと、次の世界をよりよくしてくれるわ。まぁ、アンタらは、ひとりも連れて行かないけど。
まどろみの淵、そこにはパブロフと子供がいた。俺は俺の人生を生きた。あぁ、知ってる。だが、最後に言わせて欲しい。聞きたくない。子供はわかっていた。その言葉がなんなのか。俺の父さんは世界で一番格好いいんだ。だから、そんな言葉は聞きたくない。それでこそ、俺の自慢の息子だ。それじゃあ、行ってこい。
最後にまた会うことが出来て嬉しいよ。水溜りに手を伸ばしたロジン。映りこんでいたのは双子の顔。いつまでも、いつまでも見守っているよ。君たちがいたから、君たちがいる。そんなふたりを独り占めしてる、いまの私は幸せ者だね。だけど、私はもう行かなくちゃ。力いっぱいの笑顔。それじゃ、行ってらっしゃい。
私とあの人は同じ筆先から生まれた。あなたは、そんなあの人から生まれた。そして、ティターニアはいつかの言葉を否定する。あなたは「私の愛した人の娘」ではありません。あなたを「私の愛する娘」と呼ばせてください。子供の頬を伝う涙。子の旅立ちは、親にとって嬉しいことです。だから、行ってらっしゃい。
そこにはお揃いのストールがあった。暑すぎた日差しを遮る紫。冷たすぎた風を遮る紫。そして生まれた心地良いふたりだけの空間。もう、いいんだよ。私は後悔してないよ。ヴァルプルギスの声。それでも、ユカリは行くんだよね。小さな体が抱きしめたのはひと回り大きな体。ずっとだいすきだよ、行ってらっしゃい。