久しぶりだね、先輩。マルクが詰め寄ったのは、そんなマルクに反応を示さず、ただモニターに文字列を打ち続けるシュレディンガーだった。ねぇ、僕のこと無視しないでよ。すでに、シュレディンガーの戦意は喪失されていた。先輩はお人形さんだね。
なら僕がお友達を用意してあげる。マルクの筆先が生み出す無数の化け物。お人形遊びをしよう。だが、それですら興味を示さないシュレディンガー。もう、怒っちゃうよ。だが、シュレディンガーの顔を覗きこむと同時に、マルクの表情は曇り出す。
まさか、君が打ち込んでいたコードは。だが、マルクが気づいたときにはすでに遅かった。直後、昂揚したシュレディンガーが力いっぱいに叩いたエンターキー。モニターに映し出されていたコードは、散ったはずの初恋へと。サミダレ:グスク、起動。
私たちの邪魔をしないでくれ。ついに言葉を発したシュレディンガー。そして、マルクの目の前に立ち塞がったサミダレ:グスク。私は初恋に恋焦がれ、初恋を求めた。そうさ、初恋は永遠の思い出。辿られたのは蒼のクリスマスの日の記憶だけだった。
あの日のアリトンとの交戦、シュレディンガーが追い求めて、一度は散った初恋。そして、再び見つけた思い出の中の初恋。この機体があなたに負けるはずがない。マルクを襲うサミダレ:グスクの刃。そんな……、僕がこんなところで……嘘だァ……!
自分のことを語らず、引き続き研究所に籍をおいていたラプラス。どうしてあなたが人間の味方をしているのかしら。問いかけたフィンセント。それをあなたに話して、なにか変わるのかな。返された言葉。苛立つフィンセント。私たちは同類なのに。
かつて天界は神々と通じ、そして排除された「都合の良い犠牲」という存在たち。私は天界を憎んでいた。創りモノの翼を広げたラプラス。そして、いまも憎んでいる。そう、ラプラスの気持ちは変わってはいない。だけど、もっと憎むべき存在がいた。
そう、それがあなたたちよ。ラプラスの翼から生まれた悲しみの風。だから、私はあなたたちが嫌がることをする。それがいまの私のすべて。フィンセントが放った弾丸は風に逆らい飛んでいく。私は失言した。あなたは、私と同類なんかじゃない。
少なくとも、神へ縋り、神の血を頼ったあなたとは同類じゃないわね。一度は偽りの神へと縋ろうとしたラプラス。だが、彼女は最後まで妖精として生きる道を選んだ。だから、私の意地をみせてあげるわよ。排除されるほどの、私の狂気をね。
ラプラスに直撃した無数の弾丸。ちっとも痛くないわ。どうして。帰るべき場所を失った心に比べたら、ちっとも痛くないって言ってんの。ラプラスが塗り変えられた未来に逆らえた理由もまた、望まない未来を選択したからだった。みんな、元気でね。
あなたが最期に見たいのは、きっと幸せな光景よね。クロードが振るう筆。みんな、逃げるぴょん。妹と助手を逃がすことで精一杯のカルネアデスが捕らわれた花園。知っているかしら、白い兎が逃げ込んだ小さな穴を。それがどこへ繋がっているかを。
カルネアデスを襲ういくつもの幻想。まるであなたは少女のよう。幼き日の幸せを、思い出させてあげるわ。そして、いつまでも幼き日という永遠に閉じ込められたらいい。それがきっと、あなたが本当に望んでいた争いのない幸せな世界なんだから。
人はね、みんな幸せな世界に生まれるの。そして歳をとり、知恵をつけ、汚い世界を知る。そして、幸せを願うようになる。だけど、そんなの無理よ。だって、歳をとることは、幸せから一番遠ざかることなんだから。さぁ、そろそろ永遠におやすみ。
瞳を閉じたカルネアデスの精神は永遠の夢の中へと。ねーね!所長!届くことのない妹と助手の声。だが、瞳を閉じたままのカルネアデスの口角は上がっていた。どうして。焦り始めるクロード。そして開かれた唇。私は世界を半分に分けて考えてた。
クロードが見せた幸せな未来の世界。その世界の中へ行ったのは右目が見つめていた幸せ。あっちに行ったのは私の半分だけ。もう半分の私はここにいる。外した義眼型ドライバ、開いていた左目。そう、あなたに悲しみを与え、そして見届けてあげる。
私の相手はいないようですね。退屈そうに髭を撫でたサルバドール。そんなサルバドールの背後から聞こえた足音。皆様、いままで本当に申し訳ございませんでした。振り返ったサルバドールの瞳に映ったひとりの男。聖暦の闇才、ただいま戻りました!
懐かしい顔だ、これで退屈は満たされる。見詰め合うふたりの妖精。私は過ちを犯した。だが、こんな私でも、帰りを待ってくれている人がいた。だから今度はそんな人たちの力になりたい。大きな聖戦の中の、小さなひとつの戦いはヘンペルを変えた。
それじゃあ、さっさと裏切り者を始末しようか。未来を描き変えることの出来るサルバドール。だが、そのサルバドールはヘンペルを前に立ち尽くしていた。なぜだ、なぜ私の力が効かない。そう、サルバドールは知らなかった。ヘンペルの命の秘密を。
サルバドールへとにじり寄るヘンペルの少しはだけた胸元。光輝いていたのは義臓型ドライバ。そうか、そういうことだったのか。だが、サルバドールがヘンペルの命の秘密に気づいたときには、すでに手遅れだった。私は聖暦の天才と呼ばれたが―。
よく頭の悪い天才と言われたものだ。さらににじり寄るヘンペル。その昔、私は自らの心臓を失くした。だから私は、死者も同然。死者に未来など存在しない、描き変えることなど、出来やしないのだよ。こうして、争うことなく戦いは終わりを迎えた。
そこを、どくです。メビウスが守っていたのはレプリカに繋がれたメインコンピューター。だめだよ、それだけは出来ない。だったら、どかすだけです。パブロが振るう筆に合わせて、メビウスの真下に現れた大きな穴。逃げることは、出来ぬのです。
この子には、まだ役目があるんだから。必死に対抗するメビウス。その役目が、厄介なんです。原初の機体を元に創られたレプリカ。そして、様々な経験を経て、レプリカは偽者でありながら、オリジンを凌駕した。ここで、ぶっ壊させてもらうです。
この子を壊すというのなら、まずは私を壊してからにして。血の繋がらない魔物と機械。だが、芽生えていた親心。この子は私の大切な子供よ。子供を守ることの出来ない親なんて、親を名乗る資格はない。そして、メビウスは義耳型ドライバを外した。
もう私は怖がったりしない。イマなら、きっと聞こえるから。そう、ディバインゲートが干渉し始めた世界、メビウスの耳に届く未来の声。あなたが未来を塗り変えるのなら、私はその先の未来を聞くだけ。未来に干渉出来るのは、あなただけじゃない!
パブロが未来を塗り変え、そしてその先の未来へと動くメビウス。決着のつかないふたりの戦い。こうなったら体力勝負です。だが、そんなパブロを背後から制したヘンペル。あなたたちは、なに遊んでいるんですか。……ありがとう、お帰りなさい。
この姿、みんなには見られたくなかったんだ。ドロシーの瞳の形は変わる。ごめんね、私は嘘をついていた。私がもう一度戦うには、これ以外の方法はなかったから。馬鹿な真似をしたものね。だが、言葉とは裏腹にたじろぐ古詛竜。そう、私はもう普通の人じゃない。生死の淵から帰ってきた体には竜の血が流れていた。
画神の襲撃を退けた聖暦の天才たち。だが、すでに天才たちの戦力の大半は失われていた。それじゃあ、最後の仕上げといきましょうか。現れたベオウルフ。まずは、裏切り者の君から。飼いならされた竜が襲う堕闇卿。少し遊んであげてください。異なる竜が襲う生まれたての自律兵器。命乞いするなら、いまだけだよ。
かつての神竜戦争、そして敗者である竜界が受け入れざるを得なかったのは、牽制という目的で綴られた火竜。だが、その役目を彼は知らされていなかった。そして、その事実を知るものはごく一部。ふつうの竜のように歳を重ねたオズ。だから、ボクはずっと楽しみだったんだよ。キミがその運命にどう抗い生きるのか。
そろそろ、来る頃だと思ってた。ここは空なのか、宇宙なのか、地上なのか。右も左も上も下もわからない不可思議な空間で、静かに刻を眺めていたウラノス。そして、そんな彼に対する来訪者は、彼と同じくフェイスペイントが施された男。俺はオマエに力を与えた。そして、その意味がようやく果たされる刻さ。
俺はあなたに感謝しています。天空神ウラノスへ頭を下げた来訪者、創竜神。あなたが俺を選んでくれた、だから俺はふたりの友を守ることが出来た。そして今度は、そんなふたりが手をとり共に歩き始めたイマを守りたい。だからどうか、俺に力を貸して欲しいんです。返された言葉。俺に神界を裏切れ、ってことか。
綴られた存在。だが、そこには確かに命が存在していた。過ごした時間が存在していた。なぜ、僕に力を与えてくれなかったのでしょうか。嘆き。憂い。だが、その感情が突き動かした心。そう、僕は道化竜。だから、最後まで道化を演じるだけです。
感動の再会はそこまでです。研究所に現れたベオウルフ。彼らもよく頑張ってくれましたよ。その言葉は横たわった画神たちへと。それでは、二回戦を始めましょうか。その体で、いったいいつまで持つでしょうか。本当は回収したかったのですが――。
――壊してしまいましょう。殲滅対象、研究所及び、レプリカ。さぁ、存分に暴れるがいい。飛来した5つの影。先陣をきって炎を撒き散らしたのは、すでに自我の失われたデラト。竜を手なずけるのは、やはり楽しいものだ。パーティーを始めようか。
デラトに続き現れたアング。そしてアングもまた、自我は失われていた。君たちの残りの体力で、いったいいつまで持つだろうか。そう、先の戦いで研究所の戦力は半減していた。命乞いの時間は終わったんだ。ただ這い蹲り、己の無力さを嘆くがいい。
ラブーもまた、自我は失われていた。そして、ただ滅びゆく現状に涙を流す。どうか来世は愛に包まれますように。涙すら流さないように、決して苦しむことのないように、逝かせてあげるから。安らかな死、それこそが彼女の愛の形の最終形だった。
一方、世界の悲しみを叫び続けるサッド。どうして自分がこうなってしまったのか、いまとなっては考える思考回路すら残されてはいない。だが、それでもサッドは本質的に感じていた。いま世界を襲う悲しみこそ、イマの世界における最後の悲しみと。
憎しみにとらわれたヘート。引きずりだすことすら出来なくなった生体管理チップ。憎むべきは己か世界か。だが、そんなことはいまのヘートにとってはどうでもよかった。憎しみの答えにすら興味を示さず、ただ目の前の獲物を狩りたいだけだった。
ベオウルフと特務竜隊を前に、抵抗すらままならない残された天才たち。壊れ行く研究設備と、失われゆく血。だが、そんな形勢を逆転させる一太刀。僕は君たちを竜だとは認めない。そう、研究所に現れたのは竜の血を誇りに思うリヴィアだった。
怪我人が出てきたところで、なにも変わりやしないよ。リヴィアをあざ笑ってみせたベオウルフ。それでも、君たちくらいの相手なら、いまの僕でも十分だよ。僕を昔の僕だと思わないでね。リヴィアがみせた自信。僕は決して鍛練を怠りはしなかった。
リヴィアへと襲いかかる5匹の竜。炎や、爪、牙、すべてをかわしながら、軽やかに抗戦してみせるリヴィア。僕にはなさなきゃならないことがある。だから、こんな場所で終わるわけにはいかないんだ。君らにみせてあげる、古竜衆の意地ってやつを。
鞘から引き抜かれたリヴァイアサン。この竜刀をもって、竜を制し、竜の威厳を示させてもらう。右への太刀。引き裂かれるは炎。前への太刀。飛沫へと散る水。左への太刀。終わる愛。後への太刀。途絶えた悲しみ。そして上への太刀。憎しみは終へ。
横たわった5匹の竜。響いたのは乾いた拍手。おめでとう、君は彼らに勝利した。だが、劣勢のはずのベオウルフの表情が曇ることはなかった。それじゃあ、三回戦を始めようか。再び起き上がる5匹の竜。どうして。彼らの痛覚を、遮断しただけさ。
何度切られようと、再び立ち上がり、リヴィアへと襲いかかる5匹の竜。ほら、逃げてばかりいたら、決着はつかないよ。ベオウルフは高みの見物。徐々に消耗されるリヴィアの体力。君はひとつのミスすら、許されないのだから。必死に足掻けばいい。
疲れを感じることのない5匹の竜と、怪我が完治してはいない1匹の竜。どちらが有利かは一目瞭然。そして、リヴィアの足を捉えたアングの刃と、腕を捉えたヘートの刃。退屈な三回戦だったけど――。直後、ベオウルフは背後に殺気を感じていた。
俺の弟を、随分と可愛がってくれたみたいじゃないか。ヒスイが振るう棍。自由を取り戻したリヴィアの体。いつも裏でこそこそしやがって、俺はオマエみたいなヤツが大嫌いだ。ヒスイはベオウルフを睨みつけた。あのときも、オマエの仕業なんだろ。
そんな古い話は忘れたよ。かつての聖戦、魔王に敗北を与えた部外者の一刺し。それに、もう過去に興味はないんだ。ベオウルフが見つめていたのは生まれ変わる世界。だが、丁度よかった。俺も狩り忘れた首があってな。それだけが心残りだったんだ。
ベオウルフの合図、ヒスイを襲う飼いならされた竜型ドライバ。そのすべてを言葉を発することなく叩き潰すヒスイ。そして一歩一歩、ベオウルフへと歩み寄る。だが、再びヒスイを襲うドライバ。そして、やはりそのすべては叩き潰されたのだった。
な、なぜなんだ。顔を歪めたベオウルフ。そして、ベオウルフに顔を近づけながら言葉を発したヒスイ。だから言ったろ、俺はオマエみたいなヤツが大嫌いなんだ。ヒスイの棍が貫いたベオウルフの体。あの世で一生、あの日のあいつらに詫び続けろ。
果てたベオウルフ。だが、まだ終わりではなかった。再び起き上がる特務竜隊。そして、研究室の各所に爆発が起きる。もう、この研究所は持たない。そして、メビウスが下した決断。どうか、私たちを守って。レプリカ:フルバーストモード、再起動。
それじゃあ、俺たちは次の戦いへ行くとしようか。ヒスイが差し出した掌はリヴィアへと。そして、リヴィアはその掌が嬉しかった。ふたりの間に多くの言葉はない。だが、リヴィアはヒスイに必要とされた。それがリヴィアは嬉しかったのだった。
先に次の戦場へと向かったヒスイとリヴィア。それじゃあ、あなたも行ってらっしゃい。そして特務竜隊を殲滅したレプリカもまた、次の戦場へ。だけど、あの姿ってまるで。そう、あの子には、彼との記憶もある。彼があの子に与えた、敗北の記憶が。
最古の竜の血が眠ると言われる祠、対峙していたのはドロシーとハム。例えその体に竜の血を宿そうと、所詮半分は下等な人間よ。ぶつかり合う闇と炎。だけど、あなたのその体の半分はなにかしら。ドロシーは知っていた。あなたは純血の竜じゃない。
だったらなんだって言うのよ。怒りを露にしたハム。そしてドロシーは続ける。あなたも竜界を裏切り、そして神へと懇願したの。だけど、あなたは信用されなかった。そして与えられたのが、半分の妖精の血。そう、それはあなたを縛る憎き血よね。
そして、あなたに唯一与えられた仕事は、この祠の最深部を守ること。なぜなら、ここには大切な血が眠っているから。ドロシーは活気付いていた。それがわかったところで、アンタはここで私に殺されんのよ。ハムもまた、活気付いていたのだった。
どうせ死ぬのなら、せっかくだし答えを教えてあげるわ。語り出したハム。確かにこの奥に眠っているわよ、最古の竜の血が、私たち竜界の「決定者だった裏切り者」の血が、ヴェルンの血が。肯定されたドロシーの行動。だけど、それだけじゃ無駄よ。
どういう意味よ。引き下がることのないドロシー。わかっているわ、アンタがしたいのは彼を再び呼び覚ますことよね、そう、哀れな綴られし道化竜を。教えてあげる。生まれながらにして彼に与えられた、決して抗うことの出来ない綴られし運命を。
神竜戦争の果て、オズは牽制を目的に綴られた。そして、それを受け入れざるを得なかった竜界。だが、オズはすでに人でいう成人に達していた。そう、彼に幼き日など存在しなかった。父母から命を授からず、ただ紙にインクで綴られた存在だった。
だが、なぜか竜界には彼の幼き日を知るものが存在していた。竜王として竜界を治めていたノアもそのひとりだった。そう、なぜなら彼は「彼女の幼馴染」として綴られたから。すべての記憶は偽り。そしてその偽りの記憶は、彼だけではなかった。
竜界にオズという竜がいた。その世界にはあたかも「オズ」という竜が初めから存在していた、それが彼が綴られた影響範囲。真実を知らず、オズは竜界の端で暮らしていた。そんな彼の許を、ひとりの神様が訪れるまでは。真実を知ってしまうまでは。
ボクは君に選ばせたい。仮面の男が伝えたオズの真実。そう、君の記憶は偽りだらけなんだ。本当の家族なんて存在しないよ。すべて創り物さ。それでも、この竜界はキミの居場所なのかい?もし、キミの居場所がないのなら、ボクが居場所を与えよう。
どうか、行かないでくれ。すべてを知ってなお、ノアはオズを引きとめようとした。だが、頷くことのないオズ。彼女に会ったら伝えてください。僕は竜界を裏切ったのだと。いつかの花飾りも、捨ててくれと。それがきっと、彼女のためなんです。
こうして、オズは竜界から姿を消した。そして訪れたのは、竜界より下位なる世界の常界。ようこそ、ボクの許へ。そう、オズを迎え入れたのは世界評議会の聖人会議長の息子であり、特別な役割を与えられたロキ。共に優しい世界を創ろうじゃないか。
偽りの温かな記憶ではなく、本物の家族を求めたオズ。そして集まったオズの家族たち。僕が優しい世界を創ってみせます。そう、オズは心からそう思っていた。だが、それでもオズは無力だった。そして、北欧の神々に縋ってしまったのだった。
後悔したときにはすでに遅かった。せめてもの償いにと、自分に残されていた時間と引き換えたオズ。そして、力を失くしたオズが運び込まれたのは竜界。そんなオズに対して、いつかと同じ右手を差し出したノア。それでもお前は、私の友なんだ。
居場所ならあった。それは偽りかもしれない。だが、それでも自分の居場所を作ってくれる存在がいた。過去を嘆き、そして過去への償い。オズは再び竜界の力になると誓う。だが、オズの居場所は竜界だけではなかった。まだ、オズの話は終わらない。
自ら告げたサヨナラ。頼りない父でごめんなさい。だが、そんなこと、誰も思っていなかった。そこに言葉はない。だが、それでも家族たちはオズの帰りを待っていた。イマも待っている。サヨナラは認めない。あなたは、私たちのお父さんなんだから。
そう、彼の記憶は偽りだらけ。そして、もう一度綴るなど不可能なこと。だが、決してドロシーは諦めはしなかった。私はあなたを倒して、最古の竜の血を手に入れる。なにを言ってるのかしら。血だけで、綴ることなど出来ないわ。頑張っても無駄よ。
そこに少しでも可能性があるのなら、私は諦めたりしない。いつか教えてもらった魔法。いまの私なら、あのときよりも強い。ドロシーの放つ闇は、魔法と呼ぶには小さく、限りなく純血の竜の放つ闇へと近づいていた。だから、私は負けたりしない。
いくら竜の血を得たところで、私に勝てるわけないじゃない。ハムの血の半分が妖精のものだとしても、残り半分の竜の血は、竜王家の血。ハムの炎がかき消すドロシーの闇。だが、それでも再び生まれたドロシーの闇。どうして、立ち向かえるのよ。
それは、あなたが言ったとおりよ。ドロシーに輸血された竜の血。そう、私の体に流れているのは、あなたと同じ竜王家の血。まさか、それじゃあ。だから、私はあの人のためにも、古竜王のためにも負けたりしない。だって、託してくれたんだから。
これで終わりにしましょう。竜王家の純血なる闇を纏ったドロシー。私にだって、意地があるのよ。竜王家の純血なる炎を纏ったハム。次の一撃で勝敗は決する。そう確信したのは両者共に。最古の竜の祠、小さくも大きな意味を持つ戦いは幕を下ろす。
そんな、まさか。先に倒れたのはドロシーだった。所詮は人間だってことよ。だが、ハムの息も上がりきっていた。よくも無駄に足掻いたわね、無駄だって言ったのに。ハムが口にしていた「無駄」の意味。例え血を手に入れても、誰が綴れるのかしら。
その役目は、ワタシに任せてもらえますかな。鳴り響く笛の音。現れたウサギのキグルミ。そんなキグルミの背後、ドロシーが会いたくて仕方のなかった者たちが。さぁさぁ、これで形勢逆転、ドラマチックなフィナーレをあなたへお届けしましょう!
トトが生み出した無数の水竜。天へと誘うかのごとく、ハムを取り囲み舞い踊る。パレードはまだ、始まったばかり。アナタの為の特等席で、水と風と光と無のショーをご覧ください。そう、オズのことを想っていたのはドロシーだけではなかった。
水竜をつきぬけ、風の刃が舞い踊る。急な竜巻にご用心。もちろん、その行動に言葉が乗ることはない。だが、その行動に乗せられていた想い。みんな、ありがとう。そんな彼らの姿に、ドロシーはただ胸が締め付けられる。そう、私だけじゃないんだ。
空を翔る獅子。それは空想上の生き物。だが、レオンはただ神々しく羽ばたいてみせた。突き抜けた天井。光届かぬ祠へ差し込む光。そして、降り注いだ光の羽が突き刺した体。それじゃあ、最後に仕上げといこう。不器用な君たちに相応しい仕上げさ!
現代の技術を以てすれば、第一世代であるブリキに言葉を与えることは出来た。けれど、そうしなかったのは、そうせずとも気持ちを伝えることが出来たから。そんなブリキの想い。最後は物理で押しつぶしちゃえ!それが、君たちらしさってやつさ。
立ち上がることの出来ないハム。そんなハムへと歩み寄るのは、片足を引きずったドロシーだった。これが、私たち家族の想いなんだよ。家族を裏切ったハムへと刺さる言葉。さっさと、さっさと私を殺しなさいよ!だが、ドロシーはそれを否定した。
あなたを殺したところで、私たちは嬉しくないよ。それに、あなたにもいつか、帰れるときが来るから。そして、ドロシーたちはハムの横を通り過ぎた。だが、そんな遠ざかるドロシーたちの背中へと向けられた言葉。最古の竜の血だけじゃ、無駄よ。
最古の竜の血、綴る力を持ったボーム。条件は揃ったはずよ。条件はそれだけじゃない。それはかつて竜王が説いた優しさであり、竜王家にのみ伝わる。その答えは、竜道閣の奥に眠ってる。いや、大切にしまっていた、と言った方が適切かもしれない。
そっか、ありがとう。ドロシーは笑顔だった。なんで笑っているのよ。ハムは不思議だった。竜道閣は多くの綴られし者が封じられた場所。最奥へ辿り着くことなんて出来るわけないわ。ううん、出来るよ。だって、そこにはあの子が向かったんだから。
あなたのよく知る、あの子だよ。ドロシーたちの背中へ近づく足音。まさか、あの子っていうのは……。ハムの瞳には近づく足音の正体が映し出されていた。そして、その正体の手には、一冊の分厚い本が握られていた。辿り着いたっていうの……!?
それじゃあ、先に行ってるね。ドロシーはその足音の正体を確認することなく、奥へと歩き始めた。そして、足音の正体はハムの正面で立ち止まる。久しぶりね。言葉を発した足音の正体。やっぱり、私に会いたくなかったのかしら。ねぇ、お母さん。
何年ぶりだろうか、何十年ぶりだろうか、何百年ぶりだろうか。果たされた再会。大きくなったじゃない。顔をあげたハム、瞳に映し出されたカナン。この竜界に、あなたの居場所はない。だけど、居場所は作れるの。それを、あの人は教えてくれた。
それじゃあ、行ってくるね。ハムへと向けられたお別れの言葉。決して振り返ることのないカナン。そして、カナンを呼び止めることの出来ないハム。そう、ハムはただ下を向き、後悔の涙を流していたから。それもまた、ひとつの家族の形だった。
お待たせ。ドロシーたちの横に並んだカナン。ドロシーはブリキに抱えられ、少し高い位置からありがとうを伝えた。ううん、お礼を言うのは私のほう。私じゃ、最奥を見つけることは出来なかった。そんなふたりの瞳には、希望だけが満ち溢れていた。
さぁ、到着だよ。祠の最深部、岩のくぼみには、枯れることのない最古の竜の血が。これでやっと、もう一度会えるんだ。目を輝かせていたドロシー。その前に、ワタシからお話をさせてもらってもいいかな。やけに真剣な声は、ボームのものだった。
彼を再び綴ったとしても、それは彼の物語の続きでしかない。その言葉がいったいなにを意味しているのか。そう、彼には綴られし者という、逃れることの出来ない運命が待っている。そんな過酷な運命に、彼を再び呼び戻しても、本当にいいのかな。
ボームは知っていた。この先、オズに与えられるべき運命の結末を。彼の命を握っているのはワタシじゃない。アイツの気分ひとつで、彼の結末は訪れてしまう。命は失われてしまうんだ。だからアイツは、彼を生かし続けた。いつでも殺せるんだから。
それなら、答えは簡単じゃない。自信満々の笑みを浮かべたドロシー。って、それは私の言葉じゃないか。そう言いながら見つめた先にいたのはカナン。約束する、そんな運命、私が壊してみせるって。そして、カナンは一足先にその場を後にした。
やっぱ、会うのは照れくさかったのかな。カナンを見送ったドロシー。それじゃあ、始めるよ。筆を手にしたボーム。書に綴られた文字は踊りだし、すべての文字が炎に包まれる。その炎が落とした竜の影。ドロシーの瞳に溜まった涙。…お帰りなさい!
常界の様子を見つめていたのは、神界のロキとマクスウェル。これで、この世界は終わるんだね。少し感傷的なマクスウェル。なにか言いたげな顔だね。問いかけるマクスウェル。そうだね、私は伝えなきゃいけない。サヨナラを、言いに行きたいんだ。
それじゃあ、連れて行ってくれるかな。マクスウェルを乗せたオリジンが向かった先は常界。わざわざ私たちが出向く必要もないと思いますが。少し苛立つオリジン。私はずっと、好奇心を信じて生きてきた。だから、生まれた好奇心を大切にしたい。
だが、マクスウェルはとある言葉を口にしていた。サヨナラを言いに行きたいと。その言葉は、いったい誰に向けられるのか。その言葉に、どんな意味があるのか。そして、普段みせることのない真剣な表情を浮かべ、常界へと降り立とうとしていた。
壊さなくてもよいのでしょうか。オリジンが抱いた疑問。それは私じゃなくても、誰かがしてくれる。だから、私たちにしか出来ないことをしよう。私たちが見る可能性の結末。だから、私たちの邪魔しないで。マクスウェルは目前の瞳を睨みつけた。
―ねぇ、イージス。マクスウェルとオリジンの前、立ち塞がったのは六聖人のひとりであり、世界の決定を裏切ったイージスだった。我が君主の願いは、私の願いでもあるのです。知ってるよ、もちろん。だけどさ、それがどうしてイマだったのかな。
なんども繰り返されてきた歴史。そのたびに、終わる世界を見送っていたイージス。私はそれがずっと正しいと思っていた。だが、どうやら私の思考にエラーが出てしまったようだ。かつて神界での争いで命を落とした君主。そう、私は守りたいんだ。
君主の子らはイマも世界に生きている。生まれ変わる世界に、その子らの幸せはあるだろうか。それを、私たちが決めていいことなのだろうか。イージスが自ら下した裏切りという決断。嫌いじゃないよ、そういうの。マクスウェルはそう答えてみせた。
だから、私も可能性を見届けにきた。サヨナラを告げるべきは、不確かなイマか、確実な未来か。そのために、あなたは私の弊害になる。そうです、私はあなたを止めるために来ました。それじゃあ、私たちがすべきことは、ひとつだけってことだね。
オリジンから離れ、スパナを構えたマクスウェル。そして、対するは盾を展開したイージス。邪魔はさせない。これは私がイマの世界に感じた最後の可能性だから。だから、オリジン、私に構わず存分に戦って。もうすぐ、もうすぐあの子が来るから。