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一人の魔物は、世界の為に竜になった。一人の妖精は、世界の為に神になった。そして一人の男は、竜であり、神だった。竜が神になったのか、神が竜になったのか、その答えを知るものはいない。ただ、そこに竜であり、神であるヒスイが存在していたことに変わりはなかった。あいつら、本当に昔から、変わんねぇな。
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俺より先に、老けてんなよ。竜神ヒスイが声をかけた初老の竜。その言葉から伝わる二人の関係。久しぶりに帰ってきたのにさ。多節棍型ドライバ【ズアオ:リミン】を手にした姿は、言葉とは逆に楽しそうだった。早く囚われの姫を、助けてやれって。視線の先は、竜王の玉座。当たり前だ。そして、竜王は立ち上がる。
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ヒスイは誰もいない草原に、その体を委ねていた。閉じた瞼の裏に浮かぶのはいつかの三人。そこに、優しい言葉など存在していなかった。だけど、俺たちはそれで良かったんだ。三人の間には、言葉にする必要などない想いが存在していたからだった。
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結局、あいつらは昔となにも変わらなかった。互いに抱いた理想をぶつけ合う。そこに言葉はいらない。ただ、あいつらは王様だったんだ。自分たちの世界を守る王様。最後まで、あいつらは王の責務を全うしただけなんだよ。愛する世界を守る為に。
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ほら、たまにはもっと飲めって。ヒスイはふたりに酒を勧める。こういう会議も、たまにはいいだろ。すでに呂律の回らないヴラド、表情ひとつ変えることのないオベロン。それは平和だからこそ。俺たち三人で世界を良き方向へ導いていかなきゃな。
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おい、なにかあったのか。ヒスイがオベロンを気にかけたのは精魔会合の後。いや、なんでもないよ。そう笑ってみせるオベロン。だが、ヒスイはその笑顔が嘘であると気づいていた。安心しろ、もしお前らが覚悟を決めるなら、その時の俺は共犯者だ。
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今回も、彼らは平穏を保っているのだろうね。竜と神の血を引く上位なる存在であるヒスイは、神々に報告を求められていた。あぁ、もちろんあいつらは仲良くやってるよ。その報告に入り混じる嘘。そして、神々はそんな嘘に気づいていたのだった。
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ちゃんと説明しろって。怒りが収まらないヒスイ。どうもこうも、こういうことだ。答えようとしない神々。ふざけんなよ。天界の魔界侵略を偽装したのは、あんたらなんだろ。だが神々は、その言葉にこう返した。報告を偽装したのは、君も同じだろ。
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互いに理想を語り合っていたふたり。ヒスイは、そんなふたりを見守るのが好きだった。だが、そんなふたりが始めてしまった争い。俺がもっと、力を持っていたら。なぁ、俺にはなにが出来るんだよ。その時、ヒスイは自分の無力さを知るのだった。
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美宮殿に舞い降りた一筋の光。直後、圧倒していたはずの魔界の軍勢の半数以上が消滅した。いったい、なにが起きたんだよ。ヒスイはその答えを知る為に、美宮殿へと急ぐ。だが、そこで目にしたのは、闇へと堕ちた堕精王オベロンの姿だった。
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ヒスイは気づいていた。ふたりの争いはすでに、お互いの世界の為ではなく、神と竜の争いにすりかえられていたことに。あいつらはコマなんかじゃない。余計なことに気づいちゃったみたいだね。そして、ヒスイの記憶はそこで途絶えたのだった。
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ヒスイが目を覚ましたとき、すでに聖戦は天界の勝利という形で終結していた。だがヒスイだけは知っていた。オベロンもヴラドも、自らの愛する世界の為に戦ったということを。そして、神界からの部外者の介入により、ヴラドが敗れたということを。
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聖なる扉は閉じられ、天界と魔界の連絡手段は限られていた。ヒスイは調停役というその任から解放された。終わった戦いを掘り返すつもりはない。だが、出来ることなら、もう一度ふたりに、ふたりが目指せたはずの道を歩かせたいと願っていた。
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幽閉されたオベロン。棺で眠るヴラド。自分だけが普通に生きていいのだろうか。ヒスイはあの日の自分を責めるかのように、竜王家を抜け、ひとりであの日の続きを探していた。そして再び聖なる扉が開かれたとき、かすかな希望を抱いたのだった。
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数多の苦難を乗り越え、ヒスイへ届いた手紙。記されていた真実。密会が見つかったこと。幽閉されたこと。すべては禁忌の子を取り出す為ということ。そして、いまでもオベロンを愛している、と。差出人には「イグレイン」と記されていたのだった。
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俺に出来ることなんて、初めから決まってたんだ。ヒスイはただ天界でひとり、そのときを待っていた。そして、そのときは訪れる。やっぱり、君が邪魔をしに来たんだね。いいや、違う。オマエらが邪魔をしに来たんだ。今も、そして、あのときもな。
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それはヒスイが抱いていた後悔。不本意な形でついてしまったかつての聖戦の決着。だから俺は、思う存分、あいつらに好き勝手戦わせてやりたいんだ。世界の行く末なんか、そんなのどうでもいい。それがヒスイのたったひとつの願いだった。
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さすがの竜神も、これだけの数が相手じゃ惨めなものだね。だが、それでも立ち上がるヒスイ。だから、誰も邪魔するんじゃねぇって。なに言ってるんだい、邪魔をしているのは君じゃないか。そうだよ、これも世界の決定のひとつなんだから。
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おい、大丈夫か。慌てて駆け寄るヒスイ。油断しただけじゃ。明らかに運動不足だった。何人集まろうと、私たちに勝てないんだよ。おどけてみせるシャルラ。それならさ、この数を相手に出来るのか。直後、無数の魔物魂が辺りを埋め尽くしていた。
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だったら、その目論見は外れさ。リイナに届く隠者の報告。そして、同時にロプトへ届く堕闇卿からの報告。そんな、まさか。そして、リイナはヒスイへ告げる。そっちの方は任せとけ。だから、オマエは目の前の邪魔者を、こっから追い出してやれ。
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どっちが勝つかな。ヒスイは両手を伸ばしていた。どっちでもいいか。ヒスイは両足を伸ばしていた。だからオマエら、好き勝手暴れろ。ヒスイは空を見上げていた。俺は、今度こそ守れたんだ。ヒスイは誰もいなくなった戦場で、瞳を閉じたのだった。
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これは、もしもの話。あいつら、喜んでくれるかな。ふたりの王へ、嫌がらせに近いプレゼントをした張本人はひとり、満足げな笑顔を浮かべていた。さてと、それじゃあ日々の日課でも始めようか。そして、ヒスイは自らが印刷されたTシャツに袖を通し、いつものメニューをこなし始めた。まずは腕立て伏せ、8万回。
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これで、良かったんだ。ヒスイはひとり、固く結ばれた王と王の右手と左手を、女王と女王の右手と左手を見つめていた。聖戦の終結。そして、新しく生まれた共に歩む道。その道の先には、未来へと進む神々の後姿が浮かび上がっていたのだった。
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お兄様、いったいどうしたのですか。それはヒスイが着ていたTシャツへの疑問。ついでに作ったけど、こんなTシャツ欲しがるやついないよな。そんなふたりのやり取りを見ていたリヴィア。そして、1枚のTシャツをかけた争いが始まるのだった。
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竜界で行われていたハロウィンパーティー。なぜ、パンダが空を飛んでいるのか。なぜ、棺桶があるのか。なぜ、誰かが眠っているのか。なぜ、懐かしい誰かの服を着ているのか。無数に存在している不可解な現象。細かいことは気にせずにさ、いまを楽しもうぜ。ヒスイは誰よりもハロウィンパーティーを楽しんでいた。
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なんだ、みんな楽しそうじゃないか。お兄様には、是非これを。シオンがどこからか手に入れたのは在りし日の魔王の正装。お兄様のご友人も、ご招待させていただきましたよ。どこからともなく取り出された棺から、聞こえたのは優しい寝息だった。
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漆黒より生まれしこのオレに汝の血を捧げよ。魔王ヒスイの気分は最高潮に。さぁ、血の盟約を結ぼう。だが、そんな悪ふざけを止めたのはもうひとりの友達。おい、オレの格好して、勘違いされるようなことすんなっての。そんなキャラじゃねぇって。
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元気にしてるか。ヒスイが訪ねたのは弟弟子の病室。兄さんは、彼を受け入れるつもりじゃないよね。開口一番にそれかよ、可愛くねぇな。詰まる言葉。言ったろ、俺は俺らしくやらせてもらうって。張り詰めた空気。だから、あとのことは上手くやってくれよ。創竜神ヒスイの去りゆく背中は、いまも大きなままだった。
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古神殿の王の間をひとり訪れたヒスイ。なんだ、お別れの挨拶でもしにきたのか。玉座から動くことなく、ヴェルンはヒスイを見つめる。おい、そんな警戒すんなって。その言葉はヴェルンを守るように刃を構えた裏古竜衆へと向けられていた。
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俺は認めることは出来ない。それはヴェルンが竜界の王であるということ。だけど、あいつらのことを頼ませてくれ。ヒスイがついた膝と下げた頭。そんな姿、見てもつまんねぇーよ。だから、さっさと行ってこい。こうして、ヒスイは竜界を後にした。
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私、ちゃんと知りたい。ミドリが問うたオズの過去。命を綴ることが神にだけ許されていたら。竜王家に生まれた存在しないはずの命。神と竜の確執。オズが迫害されるのは当然だった。彼は神へ縋り、神へ抗った。それじゃあ、ふたりがしてることは。
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訪れたのは、家族3人で仲良く過ごす休日の昼下がり。頼れる長男と、頼られたい次男、そして我関せずな長女。3人の間で繰り広げられる、たわいもない世間話。そんなありきたりな幸せな景色が訪れたのも、ヴィレッジヴァンガードのおかげでした。
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兄さん、いったいどうしたんだい。リヴィアが驚いたのは、ヒスイがらしくない服装をしていたから。着てみてくれって、渡されたんだよ。その言葉で、そのらしくない服装の犯人はすぐに判明した。そして、その犯人はそんなふたりのやりとりを、少しだけ開いた扉から覗いていた。知的なお兄様も、ブイっ、ですね。
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俺の弟を、随分と可愛がってくれたみたいじゃないか。ヒスイが振るう棍。自由を取り戻したリヴィアの体。いつも裏でこそこそしやがって、俺はオマエみたいなヤツが大嫌いだ。ヒスイはベオウルフを睨みつけた。あのときも、オマエの仕業なんだろ。
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な、なぜなんだ。顔を歪めたベオウルフ。そして、ベオウルフに顔を近づけながら言葉を発したヒスイ。だから言ったろ、俺はオマエみたいなヤツが大嫌いなんだ。ヒスイの棍が貫いたベオウルフの体。あの世で一生、あの日のあいつらに詫び続けろ。
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それじゃあ、俺たちは次の戦いへ行くとしようか。ヒスイが差し出した掌はリヴィアへと。そして、リヴィアはその掌が嬉しかった。ふたりの間に多くの言葉はない。だが、リヴィアはヒスイに必要とされた。それがリヴィアは嬉しかったのだった。
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研究所をあとにし、常界に訪れるであろう因縁へとの戦いに向かったヒスイとリヴィア。そして、そんなふたりの目の前に現れた少女。丁度いい、そろそろお前に会わなきゃと思っていたんだ。そして、ヒスイは目の前の少女、シオンへ棍を向けた。
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なぜ自分に棍が向けられているのか、理解出来ないのはシオンも同じだった。どうしてって、そんなの答えは簡単だ。お前は聖人であり、世界の決定に従う。そして、俺はその決定に背いている。だからこそ、俺たちが戦うことになるのは必然だろう。
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お前は初めから生贄だったんだよ。ヒスイの告白。俺は俺のやりたいようにやる。そのためには、ウチから聖人を出す必要があった。だから、お前に生贄になってもらったんだ。その言葉に、思わず笑みを浮かべたシオン。お兄様は、嘘が下手ですね。
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聖人と竜神の力のぶつかり合い、それはふたりが互いに集中していなければ、常界に多大なる被害をもたらしていただろう。だが、互いを想いやるふたりには、互いの姿しか瞳に映りはしない。さぁ、これで終わりだ。先に膝をついたのはシオンだった。
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雑魚が何人増えようと、僕にはかなわないんだから。依然、余裕をみせつづけるメイザース。対するは6人の竜。さぁ、いまは俺たちを使ってくれ。ヒスイはヴェルンへと投げかける。あぁ、じゃあ遠慮はしないぜ。そうさ、俺たちの本気をみせてやる。
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そして、続いたヒスイが棍を振り回して生んだ風。そんな攻撃、僕に効くとでも思ったのかな。いいや、これは攻撃なんかじゃないさ。そう、ヒスイの風が奪ったのもまた、メイザースの身体の自由。いまだ、早く押さえつけろ。波状攻撃は終わらない。
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ってことだ、あとは頼むな。ヴェルンはヒスイへと声をかけた。そして、ヒスイはその言葉の意味を瞬時に理解した。そう、ヒスイが理解したのは、目の前に新たな光が降り立っていたから。こいつだけは俺がなんとかしなきゃならない。あぁ、そうさ。
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力任せに棍を振るうヒスイ。何度リリンに弾かれようと、リリンへ立ち向かい続けるヒスイ。怒り、悲しみ、憎しみ。だが、そんなヒスイを我に返した言葉。オマエはひとりじゃない。いつもありがとう。そう、ヒスイの後ろから聞こえたふたりの声。
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次々にリリンへと放たれる攻撃。そして、その攻撃をかわすことなく、一撃、一撃と丁寧にその体ひとつで受け止めたリリン。そして、リリンは確信した。この痛みこそが自分の生まれた存在理由だったと。私は嬉しい、嬉しいよ。もっと、全力でこい。
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どうして…。立ち尽くしたヒスイ。どうしてなんだよ!返ってこない答え。自らの子らの成長と引き換えに、始祖リリンは最期を迎えた。そして、イマの世界と引き換えに、聖魔王ヴラド、聖精王オベロンは最期を迎えた。なんでだよ、なんでなんだよ!
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戦いのあと、みなの前から姿を消したヒスイ。一説によると、神界にいるらしい。俺はお前らの続きを始めるよ。そう、ヒスイはひとり、大好きだった最高の親友たちのために、神界を含めた全世界がひとつになるよう、暗躍していたのだった。