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しばらくぶりだが、大きくなったな。背後から呼び止めた無聖人ニコラス。もっと驚いてくれよ。振り向いた顔が証明する血の繋がり。いまさら、父親面してんじゃねぇ。青年の瞳に映るのは自分へと突きつけられた銃口。たまには父親らしくさせてくれよ、だから、オマエにプレゼントだ。鳴り響く銃声。グッドラック。
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ニコラスはただ筆を進める。報告書に記されたのはサンタクローズの名前。これは世界の決定なんだ。自分の息子へと突きつけた銃口。一発の銃声が鳴り響いた夜。そこに下されていた排除という世界の決定。あーぁ、つまんない大人になっちまったな。
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ニコラスが思いを馳せるのはいまから20数年以上前、ニコラスがサンタクローズと呼ばれていた頃の話。そして、一日たりとも忘れたことのない、とある人間の女の最後の言葉であり、最後の願い。どうか、あの子に最高のクリスマスプレゼントを。
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今日はホワイトデーだっけ。ニコラスは帰り道、コンビニの前に車を止めた。適当に買ってきゃいいだろ。優しいのか、優しくないのか。ちょっと待っててな。そして、ガードレールに結ばれるペンギン。なぜか車から降ろしていた。優しいのか、優しくないのか。そんな、誰よりも掴みどころのない男のホワイトデー。
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深めにかぶられた帽子。シオンの隣のニコラスもまた、別の理由で感情を読み取ることは出来なかった。だが、帽子で隠し切ることの出来ない唇。少しだけ上がった口角がなにを意味しているのか。それはニコラスだけが知る、ニコラスだけの真実。
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なにしに来たの。眉間に皺を寄せたジャンヌ。そう、待っていた男の正体は六聖人のひとり、ニコラスだった。おいおい、そんなに怖い顔しないでくれよ。おどけてみせるニコラス。オマエたちは、この塔を上るつもりなんだろう。だったら、話は早い。
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ニコラスを警戒しながらも、タマを先頭に塔を上り始めたアカネたち。語り始めたニコラス。昔々、あるところに妖精の王様がいました。その王様は悪い神様に殺されました。そして、その妖精の王様は聖人として生きる使命を与えられたのでした。
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天界が生まれたとき、世界を治めていた妖精王ニコラス。そして、それは神の掌の上の箱庭。だからこそニコラスが企てた神々への反乱。そして、その反乱はニコラスの死をもって終わりを迎えた。だが、君は聖人として生き、世界の決定に従い続けよ。
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そして、天界には代々綴られし王が置かれるようになった。ニコラスは聖人という生き物として、自分の感情を殺して長き刻を生き続けた。何度も崩壊と再生を見届けてきた。だが、いつかニコラスは思った。年に一度でいい。年に一度でいいから―。
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―世界中のみんなに幸せになってもらいたい、と。こうして、ニコラスはサンタクローズの仮面をかぶった。いくつもの世界でサンタクローズの仮面をかぶり続けた。世界中のみんなに幸せを届け続けた。いつか終わる世界でも、幸せになって欲しいと。
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沢山の子供の寝顔と出会ったニコラス。そして、ある日ニコラスは思い出してしまった。純真無垢な子供たちが持つ無限の可能性と、ひとりの男として子供が欲しいという感情を。やがて出会ったひとりの女。こうして、ニコラスの子供は生まれてきた。
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だが、それでもニコラスは聖人という生き物だった。聖人に告げられた世界の決定。禁忌の血を引く子供を廃棄せよ。伝えられるがまま向かった美宮殿。そこで待っていた女と禁忌の子供。ニコラスは子供へ尋ねた。なにか最期に欲しいものはあるか。
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だが、子供はなにも答えなかった。答えられなかった。なにかを与えられるという喜びを知らなかったから。だから、ニコラスは尋ねる先を変えた。向かったのはその子供の母親が幽閉されていた間。そして、その日は奇しくも12月23日だった。
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現れたニコラス。女が悟ったのは自分の最期。そして、ニコラスは問う。なにかあの子に与えたいものはあるか。そして、女は涙ながらにこう答えた。どうか、あの子に最高のクリスマスプレゼントを。そう、明日は年に一度のクリスマスイブだった。
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訪れたクリスマスイブ。廃棄という任と共に、禁忌の子を預けられたニコラス。向かった先は聖夜街の外れ。これが俺からのプレゼントだ。自分の息子が通るであろう道に置かれた禁忌の子。仕組まれていた出会いの答えは、ふたりからの優しさだった。
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必然の出会いを果たした禁忌の子であるアーサーと、ニコラスの息子であるサンタクローズ。そして、サンタクローズがついた小さな嘘。やがて肯定される禁忌の命。ニコラスはただ嬉しかった。聖人でありながら、ふたりの子供の父親になれたことが。
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だが、幸せはそう長くは続かなかった。禁忌の血が生きているという密告。呼び出されるニコラス。そして、ニコラスへ与えられた罰。それは、二度と子供たちに会ってはならない、というものだった。これも決定か。こうして、ニコラスは姿を消した。
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子供たちは知らなかった。なぜニコラスが姿を消したのか。切り取られた家族写真。子供たちは知らなかった。なぜニコラスが決定に従ったのか。すべては子供たちを守るため。そう、ニコラスはすべての事実を抱え、たったひとり姿を消したのだった。
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聖人として生きるニコラスの楽しみはひとつ。使徒ドロッセルが集積した子供たちの成長の記録。抱きしめることも、会うことすらも叶わない子供たちの成長の記録。ただ遠くからその成長を見守ることだけが楽しみだった。あぁ、いい大人になれよ。
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やがて刻は経ち、ふたりの子供は別々の道を歩き出した。アーサーに届けられた世界評議会への推薦状。どうして、普通に生かしてやれないんだ。怒りを堪えるのに必死なニコラス。だが、そんなニコラスを牽制する決定者たち。君は父じゃなく聖人だ。
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やがて、何の因果か、聖なる扉の前で堕ちたアーサー。そんなアーサーを昔からの名前で呼び続けるサンタクローズ。その一部始終を遠く離れた場所から見つめることしか出来なかったニコラス。こんな結末になるくらいだったら。俺はイマの世界を―。
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だが、ニコラスが思い留まったのは、最期のときまでアーサーの瞳が真っ直ぐだったから。あぁ、これはアイツが望んだことなのか。子供が自分の足で進んだ未来を、否定する親がいるだろうか。だからニコラスはアーサーを肯定しようとしたのだった。
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だが、ニコラスは素直に肯定することは出来なかった。ひとり悩み続けるニコラス。そんなニコラスは堕ちたアーサーを見つめながら、あることに気がついた。そう、アーサーに寄り添っていた一匹の猫に。いつなんどきも、離れることのなかった猫を。
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そしてニコラスはひとつの答えに辿り着いた。これがアイツの、本当の想いだったんだな。アルトリウスという名前が、王の道を歩む呪縛であるとしたら、タマという名前は、ただ純粋に「生きたい」と願っていたあの日の少年の想いではないか、と。
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辿り着いた答えがもたらした希望。それなら、俺がアイツらにしてやれることはひとつ。ニコラスが下した決断。俺は世界の決定を裏切る。そんなニコラスの気配を察知した決定者たちは、ニコラスへひとつの決定を与えた。サンタクローズを廃棄せよ。
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果たされた親子の再会。ニコラスが突きつけた銃口。たまには父親らしくさせてくれよ、だから、オマエにプレゼントだ。鳴り響く銃声。グッドラック。放たれた弾丸がかするサンタクローズの髪。そして、撃ち抜いたのはサンタクローズの背後だった。
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悲鳴をあげることなく息絶えたのはサンタクローズの背後にいた神界からの使者。どういうことだよ。戸惑うサンタクローズ。たったいまをもって、オマエは俺に殺された。そう、オマエは「死んだ」んだ。そして、提出されたのは偽りの報告書だった。
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だったら、その想いを早くアイツに教えてやろうぜ。答えるニコラス。だが、神界への道は閉ざされていた。でも、これはどうしたものかしら。困り果てるジャンヌ。そんなアカネたちの許に現れた6人の神々。そんな道なら、俺たちが創ってやるよ。
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そして、そんな緊張を楽しげに眺めていたロキ。ねぇ、誰かボクのこともかまってくれないかな。だったら、オマエに俺からとっておきのプレゼントをやろう。ニコラスがロキへと放り投げた球体型ドライバ。そして、そのドライバから人影は現れる。
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そして、再び対峙したラウフェイとニコラス。いい加減にしろよ、オマエら。ニコラスが展開した無数のドライバ。その数は、サンタクローズが展開したドライバ数を遥かに凌駕していた。なぁ、選べよ。自分で死ぬか、俺に殺されるか、どっちがいい。
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じゃあ、俺に殺されろ。ラウフェイの体に突き刺さる無数のドライバ。これが、オマエへの最後のプレゼントだ。そう、ニコラスの「最後」には希望が込められていた。新しい世界なんか、もう必要ないんだ。決して、イマの世界を終わらせたりしねぇ。
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イマの世界の平和のために、神界へと姿を消したニコラス。だが、一年に一度訪れる聖なる夜には必ず姿を現すようだ。