決して色褪せることのない遠い日の記憶。彼女はそんな思い出の中へと逃げ込んでいた。辛過ぎた現実から逃げ出していた。いつまでも、私の中のあなた達は笑っているのに。そんな無の美女の後ろに立っていた一人の男。逃げるのはここで終わりだよ。
もう、君達に好き勝手動かれるわけにはいかないんだ。雪術師は無の美女へと語りかけた。君には、君の仕事をしてもらわないと。だが、縦に振られない首。だったら、ここで消えてもらう。その時現れたもう一人の男。彼女の仕事はね、他にあるんだ。
僕は僕の出来ることをしなければならない。そして一人、向かった先は天界の外れ。やっぱり、ここにいる気がしたんだ。そこは在りし日の聖王と聖者がよく喧嘩をしていた川沿いの土手。彼女と話をさせてもらうよ。優しい表情のまま発した殺意、仕方なくその場を後にした雪術師。共に行こう、彼に、お帰りを言いに。
もし、辛いことがあったのなら、いつでも遊びに来て良いですからね。そんな場所があれば、何人が救われただろうか。だが、そんな場所に、行きたくても行けない人もいた。だから僕は、もう後悔はしたくないんです。心優しい青年は、自分の戦いへ。
ついて来てくれるわよね。雪導犬ナマリの前、無言で頷く二人の男女。初対面の彼らが、なぜ一言で全てに気付けたのか、それは彼女が二体の自立型ドライバを引き連れていたからだった。いつも一緒だった三人が、離れ離れになっていた三人が再び集う時、そこに訪れるのは冬か、春か。止まっていた季節は動き始める。
彼と彼女の出会いは牢獄だった。なぜ彼が私を助けたのかはわからない。ただ、協力者が欲しかったんだと思う。語られる聖者との出会い。あの人、相変わらず強引ね。くすりと笑う無の美女。だが、鋭さを増す雪導犬の眼光。あなたは選べるのかしら。
大切な人を守りたい、それは当然の想い。もし彼がそれを望まなかったら、あなたはどうするのかしら。相手の意思を尊重し、守ることを放棄するのか、それとも自分の意思を尊重し、それでも守り抜くのか。なぜ、そんな質問を。本質はそこにあった。
彼は、ずっと待っている。まるで、あの雪の日のように。彼は、ずっと泣いている。そう、あの雪の日のように。だから、私は今、ここにいる。純粋な目で語る雪導犬。だが、魔術師が抱く疑問。聞かせてくれ、君のいう彼は、いったいどっちなんだ。
どちらかなんて、どうでもいいの。遮られた問い。彼は彼で、彼は彼、きっと、そういうことなのよね。無言で頷く雪導犬。そして発した言葉。彼と彼が出会う時、そこにはあなたが必要なの。だから、最後にもう一度、覚悟を問わせてもらえるかしら。
あなたは、あの時目を逸らした。それは紛れも無い事実。そんなあなたに、いったい何が出来るのかしら。だが、そんな問いにも、無の美女は穏やかに答えた。あの時、私は逃げ出した。だからもう、逃げない。例えこの命が尽きても、必ず取り返すわ。