水を留めた少年達の前に現われたのは獣耳の少年。俺っち、アンタを聖なる扉へ届けるよう、竜王様から言われてるんだべ。鎧型ドライバ【レティーロ】を纏った獣耳のアルカラはそう告げた。その前にまず、試験だべ。小柄な体に大きな斧、水を留めた少年は、先に扉へと向かった一人の勇敢な少年を思い出していた。
アンタ、つえーな。【ドス:レティーロ】を解いたアルカラは少年達を夜汽車へ乗せた。揺れる景色、向かうは聖なる扉。そして車中、彼は少年へと扉付近で起きている出来事を伝える。それぞれが、それぞれの目的の為に、起き続けている悲劇を。そして、言葉は続く。そうそう、アンタの弟も聖なる扉へ向かってるべ。
母が子を想う様に、また子も母を想う。それはこの世界に生まれた親子にとって、少し恥ずかしくも、大切な事柄だった。白無垢を着たフシミが案内されたのは、真っ赤なカーネーションの咲き誇る花園。お母さん、私をこの世界に生んでくれてありがとう。晴れ渡った空の下、狐の嫁入りを告げる天気雨が降り出した。
母狐フシミの手を引いたのは少し歳の離れた伴侶となる男狐。これからは、僕があなたの傍にいます。天気雨は止み、そして舞い踊る花びら達。今日という日は、新たな旅立ちを迎えた母へ、娘からの些細な贈り物だった。私はもう大丈夫、だからお母さん、幸せになってね。二度目の嫁入りを、晴天は祝福していた。
よく晴れた日の午後、空から降り出したのは狐の面を模したコンリウム。狐の嫁入りに相応しいその姿は悪しき水であれ、祝福をしている証拠だった。頬を濡らす水と、地面を濡らす水、その二つは混ざり合い、いつかは母なる海へと辿り着く。そう、ある一人の少女の母を祝い、そして、大いなる母への祝福へと変わる。
大いなる母なる海、そんな海を彷徨っていたフォクスリウムが目にしたのは、波打ち際、寝そべりながら太陽を睨みつけていた一人の少年だった。金色の髪に、濁った蒼い瞳。その瞳は水を留めるのではなく、水を、罪を洗い流すことを選択した瞳だった。兄さんは本当に愚かだ。少年は立ち上がり、海へと刃をかざした。
あげぽっくる は おあげのこ あげぽっくる は あげたべる あげぽっくる に あげようじん わるいこ どこのこ あげぽっくる あげぽっくる は おあげのこ あげぽっくる は あげなげる あげぽっくる に あげようじん わるいこ どこのこ あげぽっくる (ぽっくる民謡 第揚節より抜粋)
アーゲアゲアゲ アゲゲゲゲ アーゲアゲアゲ アゲゲゲゲ おいらのなまえをしってるか おいらはおあげがだいすきだ アーゲアゲアゲ アゲゲゲゲ アーゲアゲアゲ アゲゲゲゲ おいらのなまえをいってみろ おたぬきよりもきつねだろ おいらのなまえはアゲポックルン (ポックルンのうた 揚番より抜粋)
猫がコンっ、と鳴いた。狐の面をつけた猫、そう、生物学上は猫に分類されたフォック・スィー。だが、当の本人は自らを狐だとでも思っているのだろうか。そんな狐ではなく猫が沢山集まり、どこからか沢山の揚げを集めて来ていた日、その日はよく晴れた日にも関わらず、何の前触れもなく雨が降り出したという。
猫がコンコンっ、と鳴いた。狐の面を外すこと無く変化を遂げた姿のフォク・スィー。降り出した雨に喜び駆け回る猫は、止まない雨に濡れながら喜びの笑みを浮かべた一人の少年を目にした。もっともっと、どこまでも降り続いてよ。その少年の蒼い瞳が濁っていたのは、雨のせいではなく、罪から逃げたからだった。
水は幾つもの川を流れ、そして、やがて母なる海へと辿り着く。それと同じくして、この夢幻駅からの夜汽車は、幾つもの空を流れ、そして、やがて聖なる扉へと辿り着く。ただそれは、この駅に辿り着き、そして、夜汽車に乗ることが出来たらのお話。
晴れ渡った5月の空、ぽつり、雨が降り出した。天気予報は快晴、だけど降り出した雨は、小さな小さな狐の涙。新たな門出を迎えた母を想い、娘の喜びの涙は雨となり晴れ空から降り注ぐ。私はもう、大丈夫だから。狐の親子は愛に包まれていた。