やりたいこともない、夢なんてない、将来なんてどうでもいい。少年はいつも無関心。そしてそんな「無」を好んだ。斧型ドライバ【ヤシャヒメ】を振り回し、力こそが正義だと、力だけを信じた。自分さえよければ他はどうでもいい、全てに無関心なその刃は、残酷なまでに、自分以外の全てをこなごなに粉砕する。
力を増した【ヤシャヒメ:弐式】を手に暴れ倒す。全てを、交わった世界を無に帰す為に。このまま全て、無くなってしまえばいい。手にした「無」の力に酔いしれるがまま破壊を繰り返すギンジ。それが、その力が生まれた理由であるかの様に。無を求めるが故の、無による衝動は、全てを無に帰すまで終わらない。
我は想ふ、無とはこの世の理なり。我は問う、果たしてそれが真実か。無の起源<オリジン>でありながら、自分の出生すら知らない無を司る精霊に諭されるが如く、無の持つ意味に疑問を感じるギンジ。全てを無に帰すという黄昏の審判の真意を見極めに、【ヤシャヒメ:参式】と共に常界<テラスティア>へと。
無の生まれた真実を求め、地底郷<アガルタ>へ。他の5つとは異なる力、自分に与えられた力のみが持つ真実を。全てを知ったギンジは生まれ変わった【ヤシャヒメ:ミヤビ】を携え、皆と同じ道を歩み出す。それは、交わったこの統合世界<ユナイティリア>の、交わってしまった、という事象を「無」に帰す為に。
自分は何の為に産まれたのだろうか、産まれたことに意味はあるのだろうか、無の起源<オリジン>であり、無を司る大精霊でありながら、そのあまりにもはっきりしない存在理由に頭を悩ませていたゼロ。繰り返す自問自答、出ない答えと、出る疑問。ある仮説へ辿り着いた頃、その問いに相応しい斧士が訪れた。
無を好む少年と共に向かった地底郷<アガルタ>。そこには何も無かった。そう、自分の産まれたことに意味はなかった。無と無の共鳴<リンク>は繰り返される空白。そしてその空白が、選べる未来だと気付いた時、ゼロは無精王へと生まれ変わる。何者でもない彼女は、何者にでもなれる少年と共に、審判の日へと。
手段は違えど目的は同じと、皆と同じ道を歩き始めたはずの一人の少年は、自分にしか出来ないことがあると言い残し、一人故郷の極東国<ジャポネシア>へ。枯れることを知らない桜の前で、諸行無常の響きの直後に聞こえてきたのは第五世代自律兵器型ドライバ【アワユキ】の機動音と、鞘から刀を引き抜く音だった。
圧倒的な破壊力を前に、止むを得ず力を共にした無の斧と刀。生憎と罪人以外を斬る趣味はないのでな。最期のひと振りを少年に預け、無刑者は一足先に刀を収めた。綺麗に咲き誇る桜の下、再起動<リブート>を終えた【アワユキ:ミヤビ】が自らの存在理由を口にした頃、無刑者の背中は既に夕日の先へと溶けていた。
何も持たない者だからこそ、何者にでもなれる可能性、それは同時に、存在の否定でもあり、肯定でもあった。このまま何も無かったことに、無に帰したとしたら、自分は。だけど、少年に迷いはなかった。初めて手にした何かと共に、聖なる扉へと。
桜舞い散る並木道から外れた路地裏、監獄から抜け出したトキワはひとり、拘束着のまま彷徨っていた。偶然にも通りかかったのは、追いかけていた頭の尻尾を見失い、一人空に浮かんでいた少女だった。ちょっと外して欲しいにゃん。少女が興味を示したのは甘い猫なで声ではなく、お尻から生えた本物の尻尾だった。
ありがとにゃん。風拘獣トキワは少女にお礼を告げ、小銭を片手に焼き魚を求め、定食屋の敷居を跨いだ。ふと向かいのテーブルに目をやると、まるで恋する思春期の様な赤ら顔の少年と無表情の自律兵器の二人が。悪戯に投げる視線、更に赤くなる少年。ただ少年は彼の拘束着が、男を示す黒色であったことを知らない。