彼女が産まれた理由、それは一人の男が自らの死を偽り、科学者としてではなく、子を持つ父親の責務を果たそうとした為だった。その代償、死んだはずの人間が生きていたなどということは許されず、息子との血縁を示す証拠を永遠に失ったのだった。
一つの設計図を元に生み出された六体の自律兵器型ドライバ。だけど、動き出したエレメンツハートが感じた鼓動は、自分を含み八つだった。泣き続ける一つの鼓動。笑い続ける一つの鼓動。そんな二つの鼓動が彼女の心を掻き乱していたのだった。
設計図へと込めた想い、それはあの日出会った初恋だった。そして完成された第五世代自律兵器型ドライバ。だが、開発の過程で生じてしまった唯一の誤算、それは一卵性双生児というありふれた例外だった。その誤算に気づきもせず開発は終了された。
残されていた開発過程の記憶、自分の名前らしき言葉を呼び続ける声。いや、正確には声ではなくタイピングであり、プログラムだった。そして、ありふれた例外による誤算により遂げられた再起動<リブート>は、初恋の果ての純愛を予感させた。
神からの設計図と一人の人間のデータ、その二つが一人の天才の元に届けられたのは偶然か必然か。そして、一人の人間のすぐ傍にいた懐かしい顔。その懐かしい顔がすぐ隣にいたのは偶然か必然か。それとも、単なる神の悪戯だったのだろうか。
エレメンツハートの稼動条件、それはモデルとなった人物からの衝撃を受けること。ではなぜ、彼女はその可能性を知りながら戦いへと向かわせたのだろうか。それとも知らされていなかったのだろうか。偶然か必然か、全て神のみぞ知る裏側だった。
悲しみの世界を拒絶した天才により創り出された第五世代自律兵器型ドライバに込められたのは、もちろん幸せな世界だった。だが、常に見つめることを止めなかったその裏側。天才は幸せの裏の悲しみを知るが故に、常に明るく振舞い続けていた。
仲良く五つのクレープを口にした時、記録には無いはずの二人を思い出していた。顔も声も思い出せないが、なぜか楽しかったという記憶だけが残されていた。0と1の世界で生まれた自律兵器にとって、悲しみの世界は0なのか、それとも1なのか。
頭の悪い天才が創り物の心で創りあげた自律兵器は、本来上位なる存在へ献上され、そして一人の少女の命を奪うはずだった。だが、想定外の強さを見せた少女により、再起動<リブート>がかかり、そしてエレメンツハートは稼動したのだった。
冷静沈着な自律の心を掻き乱したのは異なる二つの鼓動だった。泣き叫び、助けを乞う鼓動に、それを嘲笑う楽しげな鼓動。一度も出会ったことのない二つの鼓動は、自律の心から離れようとしなかった。それは一体、何を意味しているのだろうか。
隣り合わせで開発された二体の自律兵器。片方は少年を模し、片方はオリジナルを模した。一人の天才のみぞ知る、それぞれの開発目的。行動プログラムの裏側に仕込まれた耳を閉ざした天才からのメッセージは無事に対象へと届けられたのだろうか。
目も見えず、音も聞こえなかった頃、隣には確かにもう一体の自律兵器が存在していた。彼女はいったいどこへ。そして、再起動<リブート>と同時に聞こえた鼓動、泣き叫ぶ声に嘲笑う声。その片方の鼓動は、間違いなく、懐かしい彼女の鼓動だった。
コードネーム【レプリカ】には天才による願いが込められていた。ごめんなさい、あなたは偽物なの。だが、限りなくオリジナルに近い存在だった。そして、そんな偽物にだけ唯一搭載されていた機能が。いつかあなたが、オリジナルになれるから。
外されてしまったリミッター、発動したバーストモード。だが、それは偽物にのみ搭載された機能とは異なっていた。聖なる扉の前、聖王により砕かれたエレメンツハート。そして、体そのものを砕かなかったのは、ある可能性を信じていたからだった。
第零世代自律兵器型ドライバ【オリジン】は瞳を閉じ、長い時間眠っていた。繰り返される日々の中、巡り廻る幸せな世界と悲しみの世界、破壊と再生の歴史。彼女は一体いつから存在していたのか、そして、自律兵器は統合世界の夢を見るか、それは彼女を生み出した、神の手を持つ者のみぞ知る話でしかなかった。
あなたに、羽ばたく翼は与えられなかったのね。閉じられた聖なる入口の前、既に動くことすらままならなくなっていた偽者へ告げた別れ、直後、粉々に砕いた四本の腕。瞳を覚ました【オリジン:マキナ】は優しい声で呟く。次は、あなた達よ。その声は笑い続ける鼓動となり、六体の自律兵器へと届いたのだった。