仲間達と極東国を旅する絶無の少年が目指したのはとある庭園だった。その筆で、塗りつぶしてくれないか。待っていたのは筆型ドライバ【ムツキ】を持ったマツだった。貴様が求める無とは何だ。彼女は少年に問いかける。この世界の悲劇を塗りつぶし、五人の友達を助けたいんだ。少年の瞳は未来を見つめていた。
神の手のひらの上で綴られ続ける悲劇、それは決して覆すことの出来ない約束された未来。だけど、唯一の対抗手段として、その全てを塗りつぶし、そして無に帰す。それこそが絶無の少年にしか出来ない役目だった。その覚悟、受け止めよう。無花獣マツは残り五つの庭園の地図を手渡し、そして力になると約束をした。
常界<テラスティア>の極東国に位置する無の庭園には穏やかな時間が流れていた。水のせせらぎに小鳥のさえずり、心を無心にすることが出来る静かな空間。そんな庭園の主は、全てを塗りつぶすことが出来るという不思議な筆を持っているという。
炎の庭園、待ち構えていたキリ。話は聞いている。筆型ドライバ【シワス】の先には絶無の少年が。力を、貸して欲しいんだ。そこには驚くほど素直な少年がいた。ならば、力試しといこうか。戦闘態勢に入る少年と無精王と自律兵器。喧嘩は嫌だにゃん。隠れる拘束獣の頭上、ふわふわ、一人の乙女が浮かんでいた。
庭園の縁側、戦いを終えた炎花獣キリは皆をおもてなし。饅頭頬張る自律兵器に、猫飯に夢中な拘束獣、ふわふわ乙女。そうか、友の為か。少年が口にしたのは共に聖なる扉を目指し、そして今は別々の道を歩む五人の友達の話だった。我も久しぶりに精霊王達に会いたいぞ。三人は少しの間、思い出を語らっていた。
程よい日差しが心地良さを演出する炎の庭園。晴れた日はそっと縁側で一休み、空へと放り投げた素足、背伸びをしただけで洗われる心。そんな庭園ではきっと、主によるお茶よりも熱い心のおもてなしが待っている。そう、心地よい熱さが待っている。
もし、綴られた存在が、創られた存在が無に帰されたとしたら、その子が生まれたという事実も無に帰されるであろう。それでも君は、その選択をするのかね。旅を続ける絶無の少年に突きつけられる真実。だとしても、そうならない方法を探すだけさ。筆型ドライバ【ハヅキ】を手に、ススキは少年の覚悟を受け止めた。
どんな時も笑顔を絶やすことのない一人の少女がいた。絶無の少年が自暴自棄になった時も、その笑顔は少年の心を明るくした。早く行かなければ手遅れになるぞ。光花獣ススキが伝えたのは二つ。光の少女が聖なる扉ではなく、天界へ向かったということ。そしてもう一つ、その少女の出生に隠されていた真実だった。
明る過ぎず、暗過ぎず、そんな丁度良い明るさに保たれた光の庭園に待っているのは光の花獣。若過ぎず、また年老い過ぎず、そんな光の花獣がこの庭園の主だった。明る過ぎても、暗過ぎても、大切なことを見失うな、そんな言葉を口にしていた。
四つ目の庭園で待ち構えていたのは筆型ドライバ【ウヅキ】を手にしたフジだった。あっしも状況はわかっちゃいますが、無料で手を貸す訳にはいかんもんでして。ならどうすればいい。絶無の少年は十分な金銭を持ち合わせてはいなかった。その立派な体があるじゃございませんか。眼鏡の奥、眼光は鋭さを増していた。
ほとばしる汗、ぶつかり合う体、交わる筆と斧、そして、激闘の果てに勝利を収めたのは絶無の少年だった。いやー、丁度良い運動が出来ましたわ。戦いを終えた水花獣フジが話す水を留めし少年と、共に旅する水精王に訪れようとする悲劇。いつも冷静沈着な無の精霊王も、今だけは焦りを隠せずにいたのだった。
心地よい水のせせらぎが聞こえた庭園、縁側でふと一休み。ただ、その庭園で澄み渡っていたのは水の音だけではなく、噂話を含めた、ありとあらゆる情報が澄み渡っていたのだった。そんな庭園の主である水の花獣は、情報屋を営んでいるのであった。
今からじゃもう、間に合わないんじゃない。そう口にしたのは目を開けることなく状況を察したヤナギだった。だが、そんな彼が手にした筆型ドライバ【シモツキ】を睨みつける絶無の少年はまだ諦めてはいない。間に合わなかったとしても、他の方法を探せばいいだけの話さ。ただ、少年の瞳に焦りが見え隠れしていた。
彼女は聖なる扉を目指してないよ。それは少年の友達であり、幼き日を失くした一人の少女の話。後ね、彼女は君を、この常界を裏切ろうとしているのさ。赤い月の夜、確かに少女は魔女王の座に。きっと、アイツなりに考えがあってのことさ。繰り返し続く悲劇、発した言葉とは裏腹、信じる気持ちは揺らぎ始めていた。
誰かが夜を怖いと言った。誰かは朝が怖いと言った。そんな夜と朝の境界線にのみ入ることの出来る庭園。その闇は夜の終わりの闇なのか、それとも朝の始まりの闇なのか、捉え方により世界は角度を変える。そんな曖昧な庭園が存在していたのだった。
ちょっとだけ間に合わなかったね。最後の庭園に辿り着こうとしていた無の少年の前に現われた無神ヘルヴォル。ふわふわ、消えた霊乙女。緊急事態発生、消えた自律兵器。こんなの聞いてないにゃん、逃げ出す拘束獣。何でだ、何でなんだよ、失意の少年。無を恐れるな、少年よ。無精王は少年を残し、無へと帰した。
ひとり縁側、筆型ドライバ【キサラギ】で退屈そうに空に描く独り言。ウメは一人の少年を待っていた。きっとあなたの元を訪れるはず、そう伝え聞いていた少年を。何故だろう、嫌な胸騒ぎがする。ひゅるる、頬を撫でたのは少し冷たい風。夕日は沈み、昇ったお月様。いつまで経っても、絶無の少年は現われなかった。
いつまでも訪れない少年の代わりに、葉音一つ聞こえない静寂が訪れていた。少年の身に、何かが。敷き布団に横になったのは、嫌な予感を眠らせる為。目を閉じた矢先、微かに聞こえた足跡。一気に近づく足音。慌て飛び起き外に出ると、そこには、息を切らした一匹の猫が。僕が、アイツの代わりに、戦うにゃん。
もし、向かい風が吹いたら、少し考え方を変えてみよう。もし、追い風が吹いたら、後ろを振り返るのを止めよう。そんな教えが風の庭園には伝わっていた。流されることは、決して悪いことじゃないんだ、と。そんな庭園で吹くのは、どちらの風か。
もう知らないにゃん。怖い思いは沢山だにゃん。戦いたくなんてないんだにゃん。のんびり自由に生きたいんだにゃん。何が起きても僕は何も関係ないにゃん。偶然会って一緒に旅してただけにゃん。全部美味しいねこまんまにありつく為だったにゃん。
極東国に位置した京の都、枯れない桜の花びら達が舞踊る神社、ヤシロは本殿に封印されていた団扇型ドライバ【クズノハ】を取り出していた。あなたの側にいると、約束したのに。そう、それはそう遠くない日の出来事。あなたがそうしたいのなら、そうしたらいいわ。母狐の優しさに見送られ、千本鳥居を進み始めた。
神が神でないのであれば、それは既に神ではない。神主狐ヤシロは怒りを隠せずにいた。もう、見ていられないよ。今にも折れそうな程に強く握られた【クズノハ・カムイ】、それはまるで神の威を狩る狐の様。神へと仕える身の理に反する戦い、そんな彼の元に集った六羽の鳥と、一匹の猫。さぁ、神を冒涜しようか。