ぽつり、ぽつり、降りだす雨。そんな空を虚ろな瞳で眺める少年の空いた心を埋める様に、滴り落ちる雫は「水」となり流れ込んだ。さざ波を立てることすら嫌うアオトと共に、刀型エレメンツドライバ【ワダツミ】は静かに動き出す。開かれた扉、聖なる入口<ディバインゲート>を見つけ、世界の交わりを止める為に。
数多の戦いを経て、【ワダツミ:弐式】へと進化を遂げたドライバ。それは「水」を留める者として、聖なる出口<ディバインゲート>を目指す者としての願いの表れ。ただ1つだけ、けれども大きな、彼を戸惑わせる一言、青い下級悪魔が言い残した「君の罪」という、その一言だけが今もアオトを苦しませている。
天界<セレスティア>にて、水を司る精霊の試練を突破したアオトは進化を遂げたドライバ【ワダツミ:参式】を握りしめ、虹の架かる青い空を見上げた。けれどまだ、彼の心に残る決して洗い流してしまうことの出来ない罪の意識。いつまでも止む事を知らない大粒の雨は今もまだ、空いた心にだけ降り注いでいた。
間近に迫る審判の日を前に、自分へのけじめを、親殺しの罪の償いをつける為、向かうのは常界<テラスティア>に浮かぶ孤島、竜宮郷<ニライカナイ>。本島へ戻って来たアオトの手に握られた双刀型ドライバ【ワダツミ:マブイ】。洗い流すのではなく、留めることを選択した瞳は晴れ空の様に澄み切っていた。
水の起源<オリジン>であり、水を司る大精霊ウンディーネは波打ち際、ただひとり、潮風に長い髪をなびかせた。寄せては返す静かな波が連れ去り、少しずつ崩れていく砂の城。きっと全てが流れ去った頃、彼女の元を訪れるであろう刀士を心待ちにして。母なる青き海の、その波打ち際で、彼女は彼を待っている。
竜宮郷<ニライカナイ>へと、それは、水を留めた少年との出会いを経て。母なる青き海に包まれた孤島、水と水の共鳴<リンク>は、全てを洗い流すのではなく、全てを受け入れ、そして留める力となり、彼女を水精王へと生まれ変わらせた。彼と彼女は歩き出す、波にさらわれぬよう、砂浜にふたりの名前を残して。
誰にでも屈託のない笑顔を見せる花の妖精プチニカは、水も滴る美女の元で、元気いっぱいに育てられていた。いつの日にか、黄昏の審判に立ち向かうひとりの、水を留めた少年の力になれるようにと、今はまだ、花開く時ではないと。そしてまた、花開く時が、永遠に訪れないことを、切に願われてもいたのだった。
それでは、行ってきます。花開いてしまった妖精、ベロニカは常界<テラスティア>へと向かった。始まってしまった審判に、少しの役にでも立てればと、ひとり意気込む彼女。水を留めた少年に、いくら冷たくあしらわれようと、それでも彼女は忠実に、天界<セレスティア>の平和を願い、笑顔を振りまいていた。
お帰りなさいませ、ご主人様。お風呂にしますか、ご飯にしますか、それとも、ううん、なんでもないです。ご主人の帰りを待ちわびていた水の妖精プチメイド。尽くし、喜ばれることこそ、彼女の幸せ。黒いメイド服に純白のエプロン、頭に乗せたカチューシャ、清らかなる容姿とその心はご主人へ身も心も捧げた証。
ご主人と共に訪れた浜辺、焼けつくような暑さ、照りつける太陽は清らかな少女さえも大胆にした。透き通る海、晴れ渡る空、駆け出す砂浜、脱ぎ捨てた服、それは少し大人になった姿、水の妖精はマーメイドへと。今だけは仕事を、交わった世界を、全てを忘れ、その体を、どこまでも広がった青へとゆだねた。
崩れ落ちた聖銃士に手を差し伸べる水を留めた少年。その背後、聞こえた起動音。オリジナルを超えるにはオリジナルを倒すしかない、そこには【サミダレ】を従えた猫背の天才が立っていた。こんな偶然って、あるんだね。血相を変えた聖銃士と天才、水を留めた少年と自らを模した自律兵器の、四人の戦いが始まる。
四つの水の巡り合い、深き想いを込めた銃鎚は天才の初恋を打ち砕き、海神の魂は冷めた心を貫いた。止まるはずの鼓動が、聞こえる。いや、聞こえるはずのない鼓動が、聞こえた。エレメンツハートの稼働条件は満たされ、再起動<リブート>された【サミダレ:マブイ】は初めて言葉を口にした。どうぞ、ご命令を。
激戦の果ての運命の傷痕でさえ、癒乙女は癒してみせた。それは訪れた常界<テラスティア>での、自らの誓いを貫き通した少年とのひと時、そんなひと夏が、少女を大人にした。背伸びした小さな背中に感じた不吉な未来、だけど未来を信じて進む彼を、例え少年であろうと、マーメイドには止めることは出来なかった。
降り出した雨、ザザ降り。だけど、いつしか少年はそんな雨を愛せるようになっていた。降り止んだ雨、ハレ晴れ。都合よく架かる虹なんてないけれど、それでも少年は空を見上げた。母なる海の青さをその瞳に映し、留めた罪と共に、聖なる扉へと。
二年前の聖なる夜、被害者となったのは人間だけだった。そう、混種族<ネクスト>であるルリは悲劇を目の前に被害をまぬがれた。ただ、心に負った傷は深いものだった。世界評議会により保護という名の拘束をされた彼女は唯一の目撃者とされ、そして、なぜ人間だけが対象とされたのか、その真実は隠されていた。
それでも僕は初恋を追い求めるよ、そんな走り書きを残して失踪した天才の職務放棄により解放された水拘獣ルリは命からがら逃げ出した。助けを求めたのは水を司る大精霊、だけどその隣りには、見覚えのある姿が。二年前、聖なる夜、あなたをあの場所で見たわ。唯一の目撃者は、水を宿した少年へ、敵意を向けた。