少女が感じていた違和感。私は誰なのだろうか。与えられた本に記されていた父、母、家族という存在。そのすべてが自分には当てはまらなかった。真実ではない真実。受け入れる以外の道はなかった。そう、私はクロウリー。教祖として生まれた存在。そして、少女は違和感を抱えながら、偽りの道を歩き続けていた。
立ち入り禁止区域に指定されていたはずの神へと抗う塔。エンキドゥはその禁を破ったわけではなかった。その塔が神界と常界を繋ぐ存在であれば、常界から神界への通行は確かに禁止されていた。最初からこいつは、そっち側の存在だってことさ。そう、彼にとって、常界へ来るのに、禁などは存在していなかったのだ。
ただ征服神を見つめる呪罰神エンキドゥ。私の言葉が届かないのか、それとも、言葉そのものを失ってしまったのか。ふたりに訪れた最悪の再会。呼び覚まされた無数の獣。お前は逃げろ。征服神のただならぬ覚悟を察し、その場を離れた無英斧士。お前は人形なんかじゃない、だからどうか、目を覚ましてくれ。
で、あなたはいくら賭けるの。幾元嬢は問う。ここは魔界の賭博場。俺はいつだって、でかいもんを掴みたいんだよ。預けられたのは大量のチップ。そんなあなたに、これをサービスよ。差し出されたブルームーン。ふざけやがって。そのカクテルが意味したアストの敗北。そして、うな垂れた男の許を訪ねる女がいた。
やったじゃない、でかいのが来たわよ。炎魔獣士アストが顔をあげると、そこには大きな胸が揺れていた。赤ら顔のまま、さらに顔をあげる。オマエに召集命令だ。男の許を訪ねてきたのは南従者だった。もちろん、聖魔王の許可を得ている。そして、召集されたのは男だけではなかった。俺たち三魔獣士全員が召集だと。
集まっていた視線。テラス席でひとり、ゆっくりとページをめくっていたのは才色兼備なポストル。ようやく、休息が訪れたと思っていたんだけどな。その言葉とともに閉じられた本。いいよ、わざわざキミが来たってことは、それなりの用事なんだろう。視線を交わすことなく一方的に進む会話。それじゃあ、行こうか。
ボクを迎えに来たってことは、きっとあのふたりにも召集がかけられているんだよね。その質問は質問ではなく、間を埋めるためだけのものだった。で、どこへ行くかも察してくれ、ってことかな。ターミナルに用意されていた特別列車。行き先に表示された「常界」の文字。少し長旅だね、仲良くやろうよ、水波卿くん。
大きな欠伸をしていたアミラス。眠いなら、私の膝を使っていいよ。左の女がそう言った。ずるーい、私の胸を使ってくれてもいいんだよ。右の女はそう言った。眠るなら、私と一緒にベッドへ行きましょう。後ろの女はそう言った。男を取り囲む無数の美女たち。どうせなら、みんなで一緒に楽しくベッドへ行こうよ。
移動した先はベッドルーム。だが、すでにそこには先客がいた。天蓋に映し出された豊満な体のシルエット。あれ、新しい僕の彼女かな。油断した一瞬、風魔獣士アミラスを襲う無数の蔦。間一髪、構えた【バンザ:セカンド】。だが、蔦に殺意はなかった。そして翠風魔将は寝たまま、召集命令の手紙を渡したのだった。
少年はひとりだった。小さな部屋、与えられた「世界」の地図。少女もまたひとりだった。小さな部屋、与えられた「教祖」の肩書き。そして、歩く道は違えど、同じ場所に立ったふたり。ならば、このまま少女が歩き続けるのだとしたら、その結末は。
六聖人へと届けられた聖常王の声明。シオンもまた、例外ではなかった。薄暗い部屋で、何度も見返す映像。込められていたメッセージの意図を理解出来ないほど、愚かではない。ただ、避けることの出来ない現実を、見つめるほかなかったのだった。
そんなシオンの部屋の窓を叩いた風。それはふたりの間でだけ通じる合図。なに浮かない顔してんだよ。そう、現れたのはヒスイだった。お前のことを、俺たちは信じている。だから、絶対に逃げ出すなよ。世界の決定に背くのは、俺だけで十分なんだ。