『何でも言ってね! 私に出来ることなら、何でもするから!』
変わり者が集う聖学の生徒会長であるヴィヴィアンは、どんな時も笑顔だった。だからこそ、彼女は生徒会長を務められていた。良い行いをした生徒には頭を撫で、悪い行いをした生徒にも熱心に話をする。聖学の皆は、そんな彼女のことが大好きだった。
『スリーポイントなんて面倒。次に狙うのは、テンポイントよ』
その日、体育館は大歓声に包まれていた。それは、たった一人の少女が起した奇跡。試合終了五分前、結び直した靴紐、脱ぎ捨てたベンチコート、そこにはカナンがいた。覆る戦局、揺れるリング。結果、ダブルスコアの敗者は、トリプルスコアの勝者へと。
『喧嘩とか、危ないから絶対にしちゃダメだよぉ……けひひっ』
聖学のアイドルの親衛隊を務めるオリエンス。そんな彼女の本当の姿を見た者は、みな、聖学を去っていくという。自ら去ったのか、それとも追い出されたのか、その真相は、彼女の鞄の中に。教科書、鉈、復讐リスト、鉄パイプ、包丁、それが真相だった。
『意味がわかりません。勉強とか、絶対にしたくないですから』
オズには決して他人に話すことの出来ない秘密があった。そう、彼は魔法使いだったのだ。彼の使う魔法は、永遠に学生のままでいられる、いつまでも働かずにいられる、そんな夢より素敵な魔法だった。そして、その魔法は、留年と呼ばれるものだった。
『今回はちょっと油断したのよ。次こそは、私が勝つからね』
放課後、立ち寄ったファーストフード、ドロシーは何よりも親友と過ごす時間が幸せだった。今度の週末、どこへ行こうか。そんな話をしていた時、彼女の携帯が鳴った。ごめん、あの引き篭もりに、ご飯あげないと。そして二人は笑顔で別れたのだった。
『あぁ、一人にしてくれ、今は一人でいたい気分なんだ……』
聖学七不思議の一つ、保健室には妖精が住んでいる。そして、最近になって増えた新たな七不思議、いつも屋上で泣いている妖精がいる。その正体は、どちらも養護教諭のヘンペルである、という噂が駆け巡っていたが、特に誰も興味を示してはいなかった。
『むぅ、どこにいるの。早く会いたいんだよ。一緒にいたいの』
よく高等部の校舎をうろうろしている中等部の生徒、それは紫色のストールを纏ったヴァルプルギスだった。彼女はただ、だいすきな相手に会いたかった。早朝、授業中、昼休み、放課後、ずっとだいすきな相手を探す、それが彼女の聖学へ通う理由だった。
『大丈夫よ、手術ですぐ治るから。ほら、同意書にサインして』
聖学において、七不思議が七つではないのは、その事象自体が七不思議の一つとして数えられていたからだった。そしてまた、新たな不思議は生まれた。保健室に行ったきり、失踪した数多くの生徒、その全ては、養護教諭ネクロスの手術癖が関係していた。
『父さん! 俺、いつか必ず、絶対に進級してみせるから!』
放課後、一人マウンドに残っていたアカネ。学年末試験の裏側、そこには父と子の争いがあった。負けた悔しさを込める白球。力が欲しいかい。彼の隣、いつの間にか仮面の男が立っていた。この学園は、僕の世界だから。神出鬼没な理事長が、そこにいた。
『ごめん、今は恋愛とか、そういうのに興味が持てないんだ』
聖学の生徒の中で、知らない人はいない、というほどの有名な双子がいた。兄であるアオトは副会長を務め、女子生徒の憧れの的だった。そして弟も、素行不良だが、非常に女子生徒から人気があった。兄派か弟派か、女子生徒はいつでも二人に夢中だった。
『好きなヤツの為にタイマンを張る。それが漢ってもんだぜ』
ギンジはもっと早く気付くべきだった。元々聖学には男子生徒しかいなかったことに。どんなに着飾り、化粧をし、スカートをはいたところで、女子は入学することが出来なかったのだ。男の娘に恋をした。それは思春期の少年にとって、残酷な青春だった。
『もぉ、お兄ちゃん達! 私はいつまでも子供じゃないよ!』
兄の幼馴染と共に風紀委員の活動を行っているイヴ。その抜群なスタイルに引かれ、擦り寄ってくる男子生徒は後を絶たないが、金銀の双璧が全てを亡き者にしている。過保護な兄達に呆れているが、実は重度のブラコンでもあり、兄達が大好きだった。
『気に入らないヤツは前に出ろ。全員まとめて相手をしてやる』
学園で1、2を争うキス魔の色男は、校則を変えようとするアーサーのことを良く思っていなかった。アンタのこと、気に入らないね。始まった喧嘩。ならば、風紀委員に入れ。いつでも相手をしてやろう。こうして、風紀委員の風紀は乱れていくのだった。
『花はな、優しい。花はな、綺麗だ。だから俺は、花が好きだ』
その日、花壇の花が無許可で摘まれていた。怒り狂う用務員のジャック。始まった犯人探し、だがそれは、簡単に幕を閉じた。そう、犯人は屋上にいた。涙を流しながら、好き、嫌い、を繰り返す保健室の妖精。そんな彼に、優しい声をかける。元気だせよ。
聖学の月曜日は出席率が低い。約3割の生徒が仮病をつかう。そして、生徒だけでなく、教師も仮病をつかう。だからこそ、毎年留年する生徒が後を絶たない。永遠に学生のままでいられる、そんな夢のような学園。ちなみに、私立だが、学費は安い。
聖学の学費が安いのには理由があった。入学する為に、入学試験を受ける必要があるが、その内容が少し特別なのである。学力テストは一切無く、理事長が気に入るか、気に入らないか、で全てが決まる。そう、理事長の懇意で学費が免除されるのだ。
理事長の懇意というよりかは、もはや、理事長の趣味である。趣味で学園を作り、そして趣味に合った生徒を集める。そこは理事長にとっての小さな世界であり、理事長だけの世界。そんな掌の世界で、理事長は生徒達を眺め、何を想うのだろうか。
聖学では全てが許されていた。遅刻も留年も、全てが許され、そして、毎日楽しそうに過ごす生徒達。理事長は、何の為にこのような世界を、学園を作ったのだろうか。思い出に、帰りたかったのだろうか。理事長のみぞ知る、聖門学園創立の真相とは。
そろそろ、夢から醒めてもらおうか。理事長はそっと指を鳴らす。崩れ去る日常、それは、本来存在してはいけない嘘の日常。少しでも、楽しんでもらえたかな。そう、これも大いなる希望の、ひと欠片にすぎない。嘘に縋ったところで、嘘は嘘なのさ。