一人の風を纏いし少女達が辿り着いた聖なる扉、だけどもう、そこには扉はおろか、人も何もかも存在してなどいなかった。唯一残されていたのは、無残に破られた大きな袋。聖なる文字を継ごうとも、所詮は妖精ね。そう口にしたのは、ふいに少女達の前に現われたマクベス。失意の風は一人の悪しき炎を加速させた。
私はただ、演じるだけ。炎戯魔マクベスは続ける。聖なる出口を目指すあなた達を、殺す役目を演じるだけ。圧倒的な力の差を前に、次々と崩れ落ちていく風の少女達。最後の力を振り絞り、放たれるのは竜巻。あら、彼女は私の獲物なのよ。巻き起こした風と勢いを増した炎を掻き分け、姿を現したのは道化の闇だった。
辿り着いた時には閉じられていた聖なる入口。なに肩落としてんのよ。炎を灯した少年へと向けられた一言。きっと大丈夫だよ。優しき炎の獣。おい、来客だぞ。異変に気づいた炎精王。少年達の前に現われたオセロ。ワタシノタメニ、シンデクダサイ。懐かしい気配も感じるデス。自律の心は異なる来客を予感していた。
ワタシノヤクハ、アナタノセンメツ。自ら打ち抜いたこめかみ、水戯機オセロは炎をかき消した。水の戯れに成す術を失くした少年達。ソロソロ、シンデ。心の灯火が消えかけたその時、少年が感じた懐かしい暖かさ。よく見とけ、機械はこう支配すんだ。顔を上げた少年の瞳に映ったのは、温かい大き過ぎる背中だった。
幼き少女が手にした羽筆型ドライバ【ハサウェイ】が書き綴ったのは、数多の悲劇だった。綴られた戯曲は現実となり、対象へと襲い掛かる。誰がこの少女に書かせたのか、それとも自発的に書いたのか、どちらにせよ、シェイクスピアと呼ばれた少女は笑顔で悲劇を書き綴っていた。そう、それが喜劇であるかのように。
上手に書けたね。少女の頭を撫でたのは仮面を外した一人の男。戯曲は楽しいだろう。風戯者シェイクスピアは笑顔で答える。一度裏切った者は二度裏切る、だから彼も今のうちに殺してしまおうか。少女には意味がわからなかった。もう少しだけ今の世界を手のひらで見ていたくなってね。男は再び仮面に手を伸ばした。
美宮殿<コロッセオ>の寝室、ジュリエットは宝石の散りばめられたソファに腰をかけていた。あの方との約束、覚えているわよね。問いかけた先は妖精王。もちろん、わかっているわ。浮かべた不敵な微笑み。アナタが殺せないのなら、私が殺すわ。追い詰める一言。あの子だけは、私が。笑みを眉間のしわへと変えた。
光戯竜ジュリエットが手渡されたのは短剣型ドライバ【デッド・マキューシオ】だった。演じるだけの人生なんて、既に決められた未来が待っているだなんて。自ら首筋に当てた刃、閉じた瞳、次の瞬間、背後に聞こえた二種類の高い声。だったら、背けばいいんだぴょん。にんじん咥えた天才は、助手と共に現われた。
そんなに女を連れて、いいご身分なこった。閉じられた入口へと辿り着いた水を留めし少年達の前、刀型ドライバ【ファントム】を携えたハムレットは不機嫌そうに笑ってみせた。一人や二人、分けてくれよ。鞘から刃が抜かれた直後、一直線に地面を走る衝撃波、かろうじて受け止めることが出来たのは少年だけだった。
楽しく戯れようぜ。【ヴェノム・ファントム】を手にした闇戯精ハムレットと、水を留めし少年による闇と水の刃の戯れ。女共の前で負ける気分はどうだい。先に弾かれたのは少年が手にしていた刃。首元に突きつけられる刃、そして、その刃の主を貫いていた三つ目の刃。久しぶりだね、兄さん。その瞳は濁っていた。
赤い月が昇った夜、ロメオは短剣型ドライバ【マキューシオ】を腰に携え、背の高い木の枝から女王の間を覗き込んでいた。その日不夜城に起きた一つの改革、新たな歴史の始まりの瞬間を見届けた彼は、そのまま魔界を後にした。だけど、そんな彼は自分に数多の銃口が向けられていたことに、気が付いてはいなかった。
無戯獣ロメオに手渡されたのは仮死毒ではなく、嘘偽りの無い本物の毒だった。もう、演じるだけの人生には疲れたよ、どうせ私は彼女と結ばれない運命なんだ。自らが生まれた理由に気付き嘆く無戯獣ロメオ。君はどう思うんだい。それは、たった一人の名前を永遠に呼び続ける虚ろな目をした一人の青年に向けられた。