捨てられた少女は食べ物が欲しかった。胃を満たせるものなら、何でも良かった。そうだ、キミに永遠の甘い飴を約束しよう。でもね、その代わりに、その命を預けてくれないか。そうして、名前もなかった少女はフェルノとして育てられた。そして、自分が徐々に人ではなくなっていく感覚さえ、愛おしかったのだった。
偽りは炎か竜か。あぁ、私はいつ生まれたのか。徐々に失われる記憶。そして、徐々に失われる人としての肉体。そう、肉体ですらも人間であることを忘れ、竜に成り代わろうとしていた。上出来じゃないか。そんな偽炎竜に拍手を送る男。ようこそ、完全世界へ。そこにいたのは、砂上の楼閣に苦しむ教祖ではなかった。
神が描いた二重螺旋を弄れる者がいたとしたら、それは神以外に存在しないだろう。もし、神でない者が手を加えたとしたら。血の反発、それは混種族<ネクスト>ではなく次種族<セカンド>にのみ訪れる災厄だった。ぶつかり合う血は、止まらない。
もう一度、やり直したいと思わないかい。それは命以外の全てを失った青年へ囁かれた言葉。キミが望むもの全てをあげよう。その代わり、残されたその命を、預けてもらうよ。藁をも掴む想いで選んだのはシュトロムとしてもう一度生きる道。良いんだよ。それで良いんだよ。そう、全ての敵をね、思う存分憎むんだよ。
ようこそ、いらっしゃいました。教団本部からほど近い屋敷。おい、こんな結末、聞いてないぞ。偽水竜シュトロムは人であったことを忘れようとしていた。キミに結末を選ぶ権利はないんですよ。吐き捨てた言葉。あの子も良く働いてくれました。そう、偶像として、最高の仕事をしてくれました。そろそろ、時間です。
反発する血はやがて飲み込まれてしまう。そう、残るのは一方の血のみ、より強い血のみ。下位なる存在である人間が、上位なる存在の血に飲み込まれるのは当たり前のことだった。それならば、下位なる種族同士が交わった時に、残る血とはいったい。
友達なんていらないよ。少女は変わりたくて夜の街へと逃げ込んだ。この喧騒とネオンは私に優しいのね。そこでは一人じゃなかった。そうよ、私は夜の蝶になるの。だったら、思う存分、甘い蜜を吸わせてあげようじゃないか。甘い誘いを求めた少女の存在は世界から消え、そしてクロンという少女が生まれたのだった。
愛想笑いが心地良いわ。ほら、みんなもっと笑って、笑って。ここに理性は必要ないわ。甘い、甘い、そんな蜜を、いつまでも吸い続けることが出来るのだから。私は、蝶になったの。それは偽風精クロンの望んでいた結果だった。ありがとう、私のことを変えてくれて。礼には及ばないよ。これが、正しい道なんだから。
人は、いつまでも変わらずにいることは難しい。だけど、簡単に変わることも出来ない。だからこそ、自分を簡単に変えることが出来る、そんな魔法の薬があるのならば求めてしまう人がいるのもまた事実。需要と供給、それは幸せな取引だったのだ。
僕のことを捕まえてごらんよ。僕はみんなのモノだから。一番最初に捕まえた人のお願いを、何でも聞いてあげるよ。だから、ほら、早く僕を捕まえてよ。そんな平和な昼下がりを壊したのは一人の男だった。捕まえた。そう、彼を捕まえたのは想定外の男だった。言うこと、何でも聞くよ。そしてトニングは生まれた。
今の暮らしも、悪くはないね。偽光精トニングは、新しいもう一つの自我に飲み込まれないでいた。でもね、不思議なんだ。気がついたら羽が生えていた。やっぱり僕は妖精さんだったのかな。喜びの微笑み。あぁ、君は妖精だよ。そしてね、もう少しで完全な妖精になれるんだ。あはは、やった、やっと忘れられるよ。
反発する血には制裁を、受け入れる血には祝福を。そして次種族<セカンド>の運命は二つに別れる。どちらが幸せなのだろうか。それは人により、様々だろう。だが、それは自力で選ぶことが出来た時の話。そう、自由など、そこに存在しなかった。
君は悪くないよ。見つめる空。何も悪くない。見つめる地面。悪いのはいつも世界だよ。遠ざかる空。だからね、こっちへおいでよ。近づく地面。次の瞬間、彼女の体には別の力が宿ったのだった。うん、お利口さん。生まれたのはクホールという人間。そして、今までの彼女は死んだ。君はね、生まれ変われたんだよ。
アタシはね、もう今までのアタシじゃないの。見つめる空。落ちる速度を、教えてあげるわ。見つめる地面。悪いのはアンタよ。遠ざかる空。最高のさようならをあげる。近づく地面。もう、あんまり悪さをしたら駄目じゃないか。偽闇魔クホールはただただ笑っていた。復讐よ。そう、復讐なのよ。ただの、復讐なの。
心に闇を抱えていない人間などは存在しない。もし、抱えていないというのなら、それこそが偽善という闇だろう。みんな、お利口さんのフリが上手ね。少女は言う。ならば、フリが出来ない人間はどうすればいいのか。闇は深くなるばかりだった。
右手で弾くレバー。そのまま、左、中、右の順番に押される赤いボタン。左下に止まったチェリーが、微かな希望。よし、次で。再び弾くレバー。その瞬間、大当たりを告げる音が鳴り響く。これだから、止められないんだ。そんな青年にそっと声をかける。人生のギャンブルを始めましょう。ダストは勝者か敗者か。
ゴミクズみたいな毎日に、飽き飽きしてたんだよね。ダストは生まれ変わった自分に惚れ惚れしていた。だが、気付かない、その心と体が蝕まれていくことに。悪魔で構わないさ、俺は、勝ったんだ。そうだよ、君は勝者だ。一人の人生は敗者になり、もう一人の人生は勝者に。彼にとって、負けることが勝つことだった。
人によっては、新たな血に飲み込まれることを望んでいた。今までの自分にさよならを告げ、これからの自分におはようを告げる。それは終わりが始まりであるのと同意義であり、喜ばしいこと。何が悪で何が正義か、それは本人が決めることだから。