人間は死んだらどこへ行くのだろうか。天国か、地獄か、それは生前の行いにより決められるのだろうか。だけど、その手前、生死の淵を彷徨う頃、生きるべき人間か、死ぬべき人間か、その判断を下す神がいるとしたら。そんな神に仕える病神・アムネジアは、約束された未来から弾かれた二人の男女に語りかけていた。
おい、じじい、起きろ。喪失神アムネジアは槌型ドライバ【アウェイクW01:セカンド】で初老の男性の頭を叩いた。まだ、あんたの王は待っている。続いて狙うは胸元の開いた緑色のスカートの女性。ちみは眠ったままでもいいぞ。にやつく口元。気持ち悪いんだけど。女性はそう悪態をつきながらも、目を覚ました。
その扉がどこに存在しているかはわからない。また、本当に存在しているかどうかすらも怪しい。だが、廃病棟から無事退院した、という者は存在していた。では、そんな彼らはいったいどうやって病棟へ入ったのだろうか。やはり、その扉は存在した。
剣を手にした少女の一途な誓い、強すぎた想いが生み出した無自覚な嫉妬。眠れる獅子もまた、今もなお忘れ得ぬ親友へ抱き続けていたのは嫉妬にも似た憧れだった。その秘めたる嫉妬はやがて炎となり、そして二人の身体を焦がしていく。再び、灯った炎。病神・ゼロフィリアは、その様子をただじっと見つめていた。
燃える炎はやがて魂をも灼き尽くす程の大きさに。全身が包まれる中、閉じた瞼の裏で聞こえた言葉。あんたら、王様より先におネンネなんて、羨ましいご身分なこった。嫉妬神ゼロフィリアの皮肉に牙を剥くかの如く目を醒ました眠れる獅子と一途な少女。だが、彼らはまだ知らない。聖王がもう、聖王でないことを。
妬む想いはやがて身を滅ぼす。それでも人の欲は天井を知らず、所在不明のこの廃病棟で、今日も誰かがその身を焦がした。ここから退院した者は居るのだろうか。居るとすれば、その誰かは自分よりも大切な誰かに気付けたからなのかも知れない。
病神・パラノイアは、傷付いた二人を優しい妄想へと誘う。王の隣、並んで歩く少女。いつも見上げていた筈の顔が、今はこんなにも近くに。幼き少女は、そんな未来を抱いて眠る。傍らで、男は自分が欠けた未来を見つめていた。王の宝物を守ることが出来た。それが最後の仕事となったことを、男は誇りに思っていた。
ずっと居て良いんだよ。妄想神パラノイアは語りかける。君達の王は、もう帰って来ないんだから。辛い現実は忘れて、ずっとここに居ようよ。そんなの嘘だ。少女は抱いた妄想こそが現実だと信じ、壊れた宝物を抱いて走りだす。まだ、仕事が残ってたみたいだな。男は軋む身体を起こし、くわえた葉巻へと火を点けた。
誰かが言った。そんな話、妄想だと。また誰かが言った。そんなことは無い、これは真実なんだと。だけど、ここに居る患者達には、妄想だとか、真実だとか、そんなことはどうだって良かった。自分達が患者であることさえ、気付いていないのだから。
全ては王の目指す世界の為、時に傷つき、涙し、汚れた仕事でさえも引き受けてきた彼女は純白だった筈の手袋を外した。復讐を遂げた少年もまた、そこには何もなかった、復讐は何も生まなかったと目を反らしていた。そんな二人の頭の上、病神・マイソフォビアは【アウェイクA01】を逆さまにひっくり返していた。
凍りつく程に冷たい水を全身に浴び、目を覚ました二人。潔癖神マイソフォビアは、寒さに震える二人に語りかける。その手が穢れたのなら、何度でも洗い流せば良い。その心に罪の意識があるのなら、無理せず留めておけば良い。濡れた隊服、冷え切った身体、駆け出した二人の吐く息は、真っ白に澄み切っていた。
犯した罪を償ってなお、汚れてしまった自分自身を許せないでいる患者達。だが、この世界に産まれて、一度も汚れずに生きていけるのだろうか。彼等は忘れてしまったのかもしれない。かつて、両の手を泥だらけにして遊びに興じた、あの頃のことを。
何も見えない、深い闇の中を彷徨う二人。忠誠を胸に掲げ走り続けた男は、かつて闇夜の中で見つけた光の行く末を案じていた。自らを否定してまで戦った女は、その戦いの未来を見つけ倦ねていた。そんな憂いな顔をして、何処へ行くんだい。闇の中、何処からか聞こえてきた声の主は、自らをメランコリアと名乗った。
憂鬱神メランコリアは語り始めた。それは光に包まれた世界の光景。男は光を輝かせる為、より深い闇になるべく、溶ける道を選んだ。君はどうするんだい。問われた女は何も答えないまま、男の背中を見送った。やがて踵を返した女の前には、長い影が伸びていた。気が変わったのよ。目を開けたのは、一人だけだった。
ねぇ、なんでよ。転がす錠剤。つまり、そういうことさ。描かされる絵。ここは、とある患者達を収容する廃病棟。あぁ、どうして。見つめる手首。だから、くだらないよ。そこは綺麗な景色の広がったお花畑。ねぇ、あぁ、もう、おやすみなさい。
眠るのも惜しんで、走り続けてきたんだね。それはようやく眠りにつこうとしていた一人の少女へと向けられた言葉。そんなに彼に拘っていたら、眠る暇も忘れちゃうよ。それはようやく眠りにつこうとしていた一人の青年へと向けられた言葉。病神・インソムニアはそんな二人に優しい言葉をかけた。おやすみなさい。
優しい枕より、厳しい言葉の方が、アタシは安心するんだ。そして目覚める一人の少女。君はどうするんだい。悪いけど、俺は降りさせてもらうわ。そして隊服を脱ぎ捨てた青年。だから言ったろ、俺はアイツのこと、大嫌いだから。だが、不眠神インソムニアは気付いていた。それが、彼なりに選んだ、王の為の道だと。
眠れない夜が続いた後、眠れない朝が続いた。ちょっと不眠症なんだ。眠れない夜が訪れた後、眠れない朝が訪れた。ただの恋わずらいだよ。眠れない夜が消えた後、眠れない朝が消えた。夢から覚めたみたいだね。眠れない夜は、いつまでも続いた。