グリモア教団には、名も無き教団員が存在していた。少年が、いつの時代から所属していたのか、いつの時代から存在していたのか、その事実を知るものは少なかった。気がついたら、その少年は教団に存在していた。僕は、初めから存在していたんだよ。そう、教団設立時から、少年はずっと存在していたのだった。
教団設立当時から仕組まれていた計画。人は悲劇を乗り越え、強くなる。だったら、悲劇の当事者が必要だよね。それは、教祖という記号だった。数多の教祖が死を迎えるたびに、創り出される偽りの教祖。だけど、それも今日までだよ。見届けようか、完全なる落日を。推薦状にはメイザースという名前が書き込まれた。
西魔王が横たわる西館の隠し部屋、東魔王の心が打ち砕かれた東館、北魔王の信念が切裂かれた北館。そんな三つのモニターに、教団員の視線と心は釘付けだった。そして、誰の興味の対象でもなかった平和で静かな南館に設置されたカメラが一瞬だけ捕らえた人影。直後、モニターが映し出したのは、ただの砂嵐だった。
君の行動は、想定内だったよ。メイザースは少し遅れて映されていた西館から続く隠し部屋をモニター越しに見つめていた。君の役目は、果されたんだ。西魔王に差し向けられた西魔王。そして君は、永遠に語り継がれるだろう。教団の為に死んだ、完全な存在としてね。あがいても無駄さ、逃げ道はどこにもないんだよ。
メイザースのすぐ近く、新たな東魔王はそこにいた。君の代わりは、すでに用意してあるから。見つめた先は東館を映したモニター。こうなることは、初めから知っていただろ。なのに、どうしてそんな瞳をしているんだい。その問いは、共にモニターを見つめる堕風才に向けられていた。さぁ、お別れの言葉を贈るんだ。
ドラマは、こうじゃなくちゃ。北館を映すモニターには、予期していた乱入者の姿があった。やっぱり、姫様を取り返しに来たんだね。浮かべたのは余裕の笑み。それとも、僕を始末しに来たのかな。崩れない笑み。いいよ、もっと派手に暴れてよ。抑えることの出来ない笑み。僕はずっと、君達に会いたかったんだから。
そして再び、執事竜の演説が始まる。彼らは、最後まで完全でした。モニターを見つめる瞳。だけど皆さん、心配することはありません。陽が沈もうと、我々には真教祖様がついています。我々を、完全世界へと導いてくれる真教祖様が。祭壇に姿を現した少年。始めましょう、黄金の夜明けを。真教祖メイザースと共に。
名も無き教団員は告げる。完全世界という不確かさは、翻訳する必要があるんだよ。黄昏が終わり、迎えた落日。そして、次に訪れるのは夜明け。せっかくの夜明けが、真っ暗じゃ寂しいよね。共に、黄金の夜明けを。そして、新たな教祖は生まれる。
正義の反対がまた別の正義なら、正しさなんて存在しないと思うんだ。それは議論されつくした理論。だからね、私が正解をあげようと思うんだ。それは、神故の発想。だって、神様は王様よりも偉いんだから。神才は、下位なる争いを見下ろしていた。