解放されたドラゴンの力、だがそれは古の竜の力を継いだ彼女にとって喜ばしいものではなかった。解放による上位なる存在の出現、始まった審判の日へのカウントダウン。竜王に命じられた統合世界行き、アンデルスは手始めに【ナノ・ヨルムンガルド】を自分のものにしてみせた。そしてそのまま、聖なる扉へと。
最期まで聖王の真意に反対しながらも、若き可能性を信じ、犠牲となった初老の男性がいた。最期まで笑顔を浮かべ、聖王の嫌いなところを百個並べた若き女性がいた。そして、そんな横たわった二人のすぐ隣り、【テラ・ヨルムンガルド】と共におどけてみせる風明竜アンデルスがいた。聖なる銃、あと残り、二人。
最近、なぜか周囲がざわついている。少年は不穏な空気に警戒をしていた。乙女心に気付かないフリするなんて、やっぱりあなたは嫌な男ね。水を留めた心にトゲが深く突き刺さる。いいからケーキでも買って来なさいよ。言われるがままに洋菓子店へと足を運んだ少年は気が付き、そして、コドラケーキを5つ注文した。
購入した時から姿を変えていたことにも気付かず、配られた4つのケーキ。それは水精王、水の美女、花の妖精、水の自律兵器へと。そして最後の一つは、水の獣へと。えっ、私の分もあるの。予想外の展開に、驚きを隠せず頬を染める少女。この時、もう直ぐドラケーキが暴れ出すことなど、知る由もなかった。
大きな鎌を携え、一人買い物を楽しんでいた少女は、ふとショーウィンドウに飾られていたコドラヨウカンに目を奪われた。なぜかしら。少女はヨウカンを好きでも嫌いでもなく、強いて言えば生きていく上で口にする必要のないものとして認識していた。だからこそ、何故目を奪われたのか、その理由が気がかりだった。
何となく買ったその甘味を見つめ、少女は物思いにふけていた。もしかして、無くした過去と関係が。瞳を閉じ、過去を問う。微かに浮かぶ紫のストールに包まれた笑顔、唐突に突きつけられた幼き日の約束。私はいったい。いつの間にかドラヨウカンへと姿を変えた甘味は、少女の苛立ちにより666等分されていた。
ホワイトデーはお返しの日だと誰が決めたのだろうか。そんなルールを無に帰すかの様に一人の少年はショッピングモールへ。そう、大切な人へと渡すプレゼントを買う為に。ただ、そんな想いとは裏腹の重い足取り。それでも必死に、一歩一歩前へ。遂に辿り着いた洋菓子店、コドラシェルチョコは飾られていた。
二人顔を合わせてから、既に20分が経過していた。渡すことの出来ない思春期の少年は、ただ頬を赤く染め立ち尽くしていた。神様、俺に勇気を。背中に隠したプレゼントを出そうとした時、訪れた時間切れ、暴れだすドラシェルチョコ。僕に嫌がらせだなんて、いい度胸してるにゃん。少年のホワイトデーは終わった。
今日もまた届いた恋文。延々と書き連ねられた愛の詩。その言霊が喜びから恐怖へと変わってどれくらいの月日が経ったのだろうか。アツヨシは頭を悩ませていた。15年前の約束、大人になったら結婚しよう。そんなありきたりな昔話。だけど、今年で約束を交わしたあの日から、15年の月日が経とうとしていた。
全ては男としてのけじめをつける為、甘男竜アツヨシは刀を手に15年前の約束の桜の下へと訪れた。その握られた刀は誰かを守る為でも、誰かを殺める為でもなく、自らの身を守る為に。太陽が沈み始めた頃、漂いはじめた甘い香り。それは彼の悩みの種の訪れの予感。15年の月日を経て、二人の男女は夕日へ溶けた。
甘味処グランメゾンに取り揃えられていたのは、ケーキにヨウカンにチョコにと、見た目も味も様々なイロトリドリの甘味達。幼き日の約束に囚われた甘男竜は、今日も派手やかな女性客へ瞳を輝かせながらも、訪れる15年目に不安を感じていた。
吹いたのは優しくも、厳しくもない風。そんな乾いた風は、張り詰めた空気をよりいっそう息苦しいものへと変えた。古宮殿に住まう古の竜にとって、空気に重いも軽いも関係なかった。そう、その空気を作り出していたのは古の竜本人だったのだから。