鋭い牙に吐き出される炎、覆われた鱗に大きな翼こそが現代に生み出された偶像。誰が竜をこの様な形と提唱したのかは定かではないが、紛れもなく、人と同じ姿形をした竜は存在していた。古の竜アメリカーナは【ナノ・サラマンダー】と共に、統合世界へと降り立った。そう、道化の魔法使いの、種明かしをする為に。
目には目を、火には火を。炎明竜アメリカーナが赤子の様に手懐けた【テラ・サラマンダー】は常界の炎を燃やし尽くした。来るべき日の約束を果たすことなく一途な誓いは散り、眠りについた眠れぬ獅子は二度と会えぬ友に手を引かれた。全ては聖暦の王の責務を果たさんとする君主の、聖なる扉への到達と引き換えに。
今日からここが、君の寝床だよ。はめられた首輪に繋がれた鎖を引きずられ、空一つ見えない部屋に連れて来られたヨウコウ。本当にすまない、あと少しなんだ。わずかな隙間から、いつも時間外の食事を差し出してくれる温かな手に親しみを覚えた頃、59回目の起動実験を開始するアナウンスが鳴り響いていた。
不意の爆発により、偶然にも解放された炎拘獣ヨウコウは炎に包まれた研究施設を見つめていた。優しさをくれたあの人は無事だろうか。後ろ髪引かれる想いを胸に閉じ込め、施設を後にした。そして行き場を無くした彼は優しさの足跡を辿り、巡り会えた優しさの子供に真実を伝えた。全て、君の為だったんだよ、と。
二年前の聖なる夜、被害者となったのは人間だけだった。そう、混種族<ネクスト>であるルリは悲劇を目の前に被害をまぬがれた。ただ、心に負った傷は深いものだった。世界評議会により保護という名の拘束をされた彼女は唯一の目撃者とされ、そして、なぜ人間だけが対象とされたのか、その真実は隠されていた。
それでも僕は初恋を追い求めるよ、そんな走り書きを残して失踪した天才の職務放棄により解放された水拘獣ルリは命からがら逃げ出した。助けを求めたのは水を司る大精霊、だけどその隣りには、見覚えのある姿が。二年前、聖なる夜、あなたをあの場所で見たわ。唯一の目撃者は、水を宿した少年へ、敵意を向けた。
桜舞い散る並木道から外れた路地裏、監獄から抜け出したトキワはひとり、拘束着のまま彷徨っていた。偶然にも通りかかったのは、追いかけていた頭の尻尾を見失い、一人空に浮かんでいた少女だった。ちょっと外して欲しいにゃん。少女が興味を示したのは甘い猫なで声ではなく、お尻から生えた本物の尻尾だった。
ありがとにゃん。風拘獣トキワは少女にお礼を告げ、小銭を片手に焼き魚を求め、定食屋の敷居を跨いだ。ふと向かいのテーブルに目をやると、まるで恋する思春期の様な赤ら顔の少年と無表情の自律兵器の二人が。悪戯に投げる視線、更に赤くなる少年。ただ少年は彼の拘束着が、男を示す黒色であったことを知らない。
ぴょんぴょん。監獄の中庭を飛び跳ねていた一人の少女。ぴょんぴょん。髪の毛を揺らしていた一人の天才。両目を閉ざしたら何が見えるのか。天才の興味はそれだった。結果、何も見えなかった。では、両耳を塞いだら何が聞こえるのか。結果、何も聞こえなかった。コガネにとって、そんな実験もお遊びの一環だった。
ぴょんぴょん。研究室で飛び跳ねていた一人の少女。ぴょんぴょん。手紙を書いていた一人の天才。そのプレゼントは、一体誰にあげるんですか。被検体から助手へ昇格となった光拘獣コガネは尋ねた。にんじん咥えた天才が告げた名前に聞き覚えはなかったが、きっと世界の裏側を知る人なのだろうと彼女は思っていた。
幽閉されていたのは堕ちた獣、キョウ。そんな彼には、自由と引き換えにとある約束が提示されていた。闇を包みし少女を、魔界にそびえ立つ不夜城まで連れて来なさい。提示者は約束された未来のその先の幻を奏でてみせた。既に審判の結末のその先を見据えた者達は動き出していた。そして彼は、約束を交わした。
アンタのこと、連れて来いって頼まれてんだ。闇拘獣キョウは探し求めていた闇を包みし少女へと手を差し伸べた。攻撃姿勢をとったのは大蛇の名を関した自律兵器、不安な表情を浮かべたのは闇精王。お迎えにしては、ちょっと乱暴ね。闇を包みし少女は落ち着いた姿をみせたまま、差し出された手を見つめていた。
閉ざされた部屋、はめられた拘束具、繋がれた鎖、繰り返された生体実験。それにしても、今日はやけに静かな日だ。ナマリは鉛色の壁を見つめ、そっと呟いた。その矢先、鳴り響いた鈍い殴打音。悪いけど、ちょっと手伝ってくんねーかな。乱暴に壊された檻の鍵、開いた扉から差し伸べられたのは、聖者の手だった。
瞳に映る全てをなぎ倒す派手な脱獄、看守へ愛を届ける聖者に手を引かれていた拘束から解き放たれた無拘獣ナマリ。もう、時間がないんだ。こぼした焦り。なぜ、そんなに急ぐの。彼女の問いかけ。もしアイツが、鍵の使い方をわざと間違えでもしたら。それはもしもの話、だけど彼女はそれは確信であると悟っていた。
古の炎を燃やしたのは、炎の文明が閉じ込められた古宮殿。燃え盛る炎の中、自信満々な笑みを浮かべた一人の古の竜がいた。常界の外側の、統合世界の更にその外側、上位なる世界は存在していたのだった。それは例外でもあり、原則でもあった。